2009年12月 7日 (月)

羽田の別れ

正直、今年のオフはつらい。雄太、巌、次郎、ヤナギ、ポポにハモン。それだけでも十分過ぎるほどにショックだったが、俊太とカトゥーもか…。

毎年この時期になると書いてる気がしますが、これがプロの宿命であって、彼らはそれを承知の上で覚悟を持って日々を過ごしている。クラブだってもろもろの事情を鑑みて、断腸の思いで決断している。だから安易な同情は、選手とクラブの双方に失礼に当たる…と思い直しても、やはりつらい。俊太くんなんてお子さん生まれたばかりでしょう? ちよぱんだブログを愛読してる私としては、欝の谷間に転がり落ちそうな気分だ。

選手のみならず、スタッフも契約更改の季節だ。お世話になった方々がクラブを去る、それは本当につらい。どうか皆さんに、新たな活躍の場がありますように。



今日、羽田空港である方をお見送りしてきた。

言葉では尽くせないほどお世話になったIさん。私にとって、キャプテンと言えばタニでも雄太でもミョウでもない、Iさんをおいて他にはいない。そのIさんがクラブを去る。期限付きだが。それでもIさんが、一時的にせよクラブからいなくなるなんて信じられない。信じたくない。

熊本でも、辣腕を振るえるポジションが用意されていることと思う。長いスパンで見れば、背景の異なるクラブ、今とは違う組織を経験されることが、Iさんとクラブ双方にとって有益であることは間違いない。だから笑顔でお見送りした。

幸か不幸か、来季は同一のカテゴリーで戦う(うーん、やだなー)。だからたぶん、またすぐに会える。Iさんだけじゃなくて、レイソルに所属経験のある多くの選手と再会することになるだろう。うーん、やりにくいですね(自分が戦うわけではないのは承知の上で)。



とりあえず、素晴らしい自然と利便性の高い都会が僅かな距離で隣接している熊本は、日本屈指の住環境だと思います。お餞別にお渡ししたガイドブックなどご参考に、ぜひ満喫なさってみては(そんなヒマないかもしれませんが)。ご活躍をお祈りしております。

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2009年12月 3日 (木)

ありがとう

ちょっと言葉が見つからない。

11月の最後から12月の頭は嫌な季節で、毎年ある程度覚悟をしつつこの時期を迎えるのだが、まさかという思いだった。彼自身の言葉で綴られたその知らせを読んで、思わず声を上げた。

その後に巌や次郎やヤナギもと知ってなおさら……。ポポとハモンはある程度予想していたのだけれど…。

今年はいろんな人がレイソルを去る。悲しくてたまらない。その全ての人たちに、新たなフィールドが拓かれ、今以上に活躍されることを切実に願う。




雄太に関して言えば、昨年途中からサブに回ることが多かったものの、チームが壊れぬよう、チームが悪い方向へ流れぬよう、心を砕いていた。その姿を遠くから見たり聞いたりして、心から讃えたい気持ちだった。でも声はかけなかった。彼のそんな姿勢を声に出して指摘するのは、彼のプライドを逆撫ですることに等しい気がしたから(だから一回ブログのコメントに書いた)。

南雄太は2006年に、いや2005年の12月10日を境に変わった。2005年に降格した、その悔恨の念と責任感が彼を変えたのだと思う。シューシャもブログで指摘してるけど、エゴを抑え、チームのために尽くした。

「プロの世界は厳しいから」と自らを納得させることがまだできない。けどみなさん、知ってください。南雄太がレイソルのために果たした、とてつもなく大きな役割を。2006年の昇格、2007年と2008年のJ1での戦い、そして今年、結果的に降格したものの最後まで崩れなかったチームの絆。それに南雄太が果たした役割を。私は心から尊敬する。そして感謝の念を抱く。


彼がチームを去ることはまだ消化できないけど、感謝の気持ちは前から持ってたから。心から言う。ありがとう。

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2009年11月30日 (月)

奇跡は起こせなかった。けど。

主審の笛が鳴り渡ったとき、呆然としてしまった。目の前で起きていること、この試合に引き分けて16位が確定したことを、出来の悪い脳味噌が「受け入れられない」と拒否っていた。

降格が悲しいとか嫌だとか、そうではなくて、結末を最終節まで先延ばしできないことが受け入れ難かった。

清水戦から、いやその前の山形戦のさらに前のビラ配りから、「ストーリー」が始まっている気がしていた。レイソルの選手とスタッフとサポーターと、私が好んで使うフレーズを使わせてもらうならば「レイソルの名の下に人生が交錯した人々」が、危機的状況を前に一致団結して、J1残留という奇跡を勝ち取るストーリー。後々まで語り継がれるであろう伝説的な物語。

それは希望的展開なのだけれど、最終節、優勝と残留を賭けた大一番を日立台で迎えることを切望していた。それでフロンターレに敗れるならば、潔く受け入れられると。

しかし現実に、大宮と引き分けた。奇跡は起こせなかった。そりゃあ大宮だって必死だ。精神論だけじゃなくて、大津くんにボールが入ったときにしっかりと2枚ついて対応してくるあたり、緻密な対策を練っていたであろうことがうかがえた。称賛されるべき戦いぶりだった。




J2降格自体は、それほどショックではないのです。少なくとも2005年に受けたショックとは比較にならない。

あのときは、レイソルという存在がガラガラと音を立てて崩れていく気がした。クラブ内外に不信が渦巻き、その結果としてバラバラに壊れてしまったと。今回の降格は、崖っぷちにかろうじて掛っていた手がスルリと滑って落ちるようなイメージだ。レイソル自体は、壊れてないしダメになってもいない。

無責任な一部のメディアが「編成担当者が他クラブの人事に奔走して、クラブ一丸とは言い難かった」てなことを書いてますが、私の知る限り全くそんなことはない。自らの仕事をうっちゃって他のクラブにかまけるなんて、柏レイソルというクラブはそこまでお人好しではないですよ。金曜日に事務所へお邪魔したら、選手を鼓舞するサポーターの弾幕とは別に、クラブスタッフお手製のメッセージボードがあった。大宮へ出発する選手を、ボードを掲げてスタッフ総出で見送ったと。前回の降格時とは全く違う。クラブは一丸になっている。そう確信するに十分でした。

それでも降格に至ってしまった顛末を考えると、改めて「チームづくり」の難しさに思い至らざるを得ない。チームを弱くしようとする人間なんていない。数ある制約の中で、少しでもいい結果が残せるよう、手を打った。0円提示をしなかったことも、高橋さんを監督に抜擢したことも、補強その他のチーム編成も。チームに良かれと打った手が、ことごとく裏目に出てしまったかのような印象を受ける。

タラレバを言っても始まらない。結果は受け入れるしかない。そこに至った過程を精査して、二度と同じことを繰り返さないよう、将来への糧としてほしい。これからも滔々と続くレイソルの歩みに、力を与えるような糧としてほしい。




試合後の大宮で、懇意にしていただいている方々とコーヒーを飲みつつ話した。その後柏に移動して、懇意にしてやってる奴ら(ウソ。いただいてる方々)と、昇格した夜に乾杯したバーにお邪魔して、明け方まで語った。

その席でフッと思ったのは、こんな考え。たぶん間違ってない。

レイソルが果たすべき役割は、J2でも何ら変わらない。応援する人々の感情を揺さぶり、生きる実感と喜びをわきあがらせ、ホームタウンの人々にこの町への愛着と誇りを抱かせる。それができるのが、Jリーグのクラブ。柏レイソルというクラブ。J2に降格したからといって、クラブのクオリティを落とすなんてあり得ない。J2だからそんな役割を果たせないなんてことも全くない。

レイソルとして果たすべき役割を全うすれば、きっと結果もついてくる。胸を張って戦ってほしい。熱く、楽しく、オリジナリティにあふれ、ちょっぴりおバカなレイソルが途方もなく大好きだ。どんなカテゴリーにいようと。

それでも、「強く愛されるレイソル」をコンセプトに掲げる以上、国内最高峰のリーグで頂点を目指すことがクラブとして果たすべき目標だ。だから、最短でのJ1再昇格を狙う。やるべきことはシンプルだ。レイソルらしさを失わないまま、クラブのクオリティをさらに高めつつ、勝利を目指して戦い抜く。



奇跡は起こせなかったけど、伝説はつくれたと思っています。降格が決まっても拍手のみがあふれた、真っ黄色な大宮のゴール裏スタンド。この1か月は本当に楽しかった。これからの1年も、きっと楽しい1年ですよ。

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2009年11月27日 (金)

大宮では何かが起こる

明日はいよいよ、大宮との決戦。

大宮に勝ったからといって、残留が決まるわけではないのは承知の上。だがしかし、残留には引き分けすらも許されない崖っぷち、さらには最終節のふろん太戦まで勝ち続けなければならないレイソルにとって、勝利はもちろん、さらにチームを勢いづかせる「快勝」が求められる重要この上ない一戦だ。

決戦の地はナクスタ、旧大宮公園サッカー場。

以前にも書いた気がしますが、大宮といえばこの一戦が思い出される。05年4月3日サテライト。今となっては懐かしいメンバーですな。

先日肌寒い新潟で、「奇跡は起こるものではなく、起こすもの」と裏声で叫んだ男がいたらしいですが、その元ネタはこれ。後半ロスタイムに、2点差を跳ね返す3ゴールで大大逆転勝利を収めたこの試合。一緒に見ていた当時運営担当のT氏が「奇跡が起こったんじゃない、奇跡を起こしたんだよ」とつぶやいたのだ。最後まで諦めず、一丸となって戦い続けたレイソルの選手たちが、奇跡を起こした瞬間だった。

そしてまだ記憶にも新しい昨年10月4日のこの試合。村上くんのデビュー戦ハットトリックだ。10試合勝利から遠ざかり、くじけそうになりつつも、レイソルの名の下に一致団結して臨んだ試合。アウェイ側ゴール裏スタンドの黄色い壁が圧巻だった。メインにいると、レイソルサポの発するコールで、ものすごい「音の風圧」を感じた。

この一戦は、今S級を取りに行ってるS氏の隣で見てた。自分がスカウトしてきた選手のデビュー戦とあって、いつも以上にハイテンションだったSさん。1点目から大興奮だったが、2点目を取ったとき「もしかしてハットトリックしちゃったりして!」とつぶやいていた。その予感は当たり、3点目が入ったときにはSさん、泣きながら笑ってた。

かように、大宮では「何かが起こる」気がする。いや、裏声絶叫男の言葉を借りれば「何かを起こせる」場所ですね。それにはたぶん条件がある。最後まで諦めずに戦うこと。レイソルの選手とスタッフ、サポーターが一丸となること。それが叶ったとき、奇跡は起こせる。起こせるはずだ。

大宮戦に限った話ではないですけど。今のレイソルなら、きっと成し遂げられる。皆さん、明日はナクスタで!

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2009年11月24日 (火)

ここまで来たら

もうつくるしかないでしょう!


何を? 新たな伝説ですよ!


というわけで新潟戦。試合が終わった直後には「すぐにブログ書かなくちゃ!」くらいに思ってた。が新潟駅構内のへぎそば屋さんで挙げた祝杯の影響で、新幹線の車内では上野駅まで酔いつぶれ、一昨日と昨日はそれなりに忙しく、時間が取れませんでした。遅くなりましたが、試合の感想なぞ。


私、舐めてました。この時期の新潟の寒さを(倒置法くどい!)。今回は金曜日に前乗りしたのだが、「コートは12月に入ってから」みたいなわけのわからないポリシーを持ってるため、シャツに薄手のセーター、そしてジャケットという軽装で新潟入りしたのだ。

試合当日の朝、信濃川沿いのホテルから歩いて新潟駅へ向かった。ところが早くも万代橋の上で凍死の危機に瀕し、近くのショッピングセンターでウインドブレーカーを漁る羽目に。しかしなかなかこれといったものが見つからず、迷った末に軽装のまま参戦することを決意した。

新潟駅のコインロッカーにジャケットを預け、セーターの上からレプリカを被る。そんな恰好で意気揚々と新潟駅構内を歩いたのだが、普段試合時にスタジアム最寄り駅で見かけるような、レプリカを着たサポを私以外にほとんど見かけない。アルビも、レイソルのサポも。シャトルバス乗り場でも、バスの車内でも同様だ。

なんとなれば、みんなコートやジャケットを上に着てるんですね! バスの中から真っ黄色な私は、よほど気合いの入ったサポか、よほどの物好きと見られたのであろう。


話が大幅にそれました。試合について。

…と言っても、今回はゴール裏にまぜていただいて声を出してたから、試合の詳細はよく見えなかったのだ。フランサのゴールにしても、え?入ったの?みたいな感じ。

ただ試合が始まる前から、なんとなく、負ける気がしなかった。いや全く根拠はないが。こんな感情を前にも味わったことがある。2006年の第4クール神戸戦だ。点の取り合いで戦況は五分五分だったが、勝てる気がした。それは、「今年が伝説になるなら、この試合は絶対に勝てるはずだ」という希望的観測だった。それと同じ思いを、今感じている。

先月の山形戦では、その片りんすらなかった。清水戦以降の選手たちの戦いぶり、そして選手とスタッフ、サポーターの一体感。そのただ中に身を置いていると、奇跡を起こせる気がしてくる。

もやもやとした感情を抱くことも多かった今シーズンだが、最後にこんなに熱くなれるなんて思いも寄らなかった。今、われわれレイソルの名の下に集う者は、この上ない一体感を感じている。それが何よりうれしい。残り2試合、全ての思いを燃やし尽くしましょう。その後に歓喜が待っていると信じて。

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2009年11月17日 (火)

タラとレバ

今日の昼下がり、雨の中クルマを運転していた。とある交差点を過ぎた辺りで、後方からけたたましいパトカーのサイレンが聞こえてきた。あー緊急出動かね、ご苦労様。私はゆっくりとクルマを左に寄せ、道を空けた。すると。

「ハイ、そのまま停まってー。練馬○○○…の運転手さん」

お、おおおお、オレっすかーーー!!!!?




話を5分前に巻き戻します。

私は、とある店舗の駐車場からクルマを出そうとしていた。その店の駐車場には、方向転換のためのターンテーブルが備えられていた。そのターンテーブルにクルマを乗せようと、ゆっくり前進したその時、ポケットの携帯が震えたのだ。

一瞬、電話に出ようかとも思ったのだが、誘導してくれている店員さんの手前、車内で話し込んでもまずかろうと考え、着信の相手も確認せず、電話にも出なかった。後で見てみよう。そう思いながら、クルマを大通りに進めた。

そのままクルマを走らせ、比較的大きな交差点に差し掛かった。ルート的には、直進しても、左に行っても目的地までの距離に差はほとんどない、そんな分かれ道だ。私は直進することにした。

直進してしばらく行くと、再び携帯が鳴った。さっきの電話の人か。今度は携帯を取り出して着信の相手を確認してみた。会社の人間だ。仕事の話だろう。急ぎかもしれない。私は電話に出て二言三言話し、運転中だからと切った。

ハイ、5分経ちました。ここでパトカーのサイレンが聞こえた、という次第。




警察の方が2名、パトカーから降りてきた。「オレなんかしました?」と私。
「さっき携帯で通話してたでしょう。運転中の通話は違反だって知ってるよね?」
「た、確かに。でもすぐ切りましたよ」
「通話した事実に違いないよね」
「そうだけど」
「ならば違反です」

私はショックでうなだれ切った。若いころはさておき、ここのところすっかり安全運転に徹している私。合流するクルマには積極的に道を譲るし、追い越し車線をダラダラ走ったりしないし、スピードだって控え目もいいとこだし、サンキューハザードだって欠かさないぞ。こんな模範的な私を捕まえて違反だと?ピーポよ…。

違反キップが避けられないと知った私は、この惨劇を避ける術はなかったのかと思い返し始めた。店の駐車場でターンテーブルに乗ったとき電話に出ていれば。交差点を左に曲がっていれば。電話が鳴っても出なければ。レバレバレバ…。

なんて運が悪いんだ、オレ。

沈んだ心持ちのまま帰路についた。



しかししばらく時間が経って思いなおした。

通話時間が短かったとはいえ、通話していたのは間違いないし、これまでも運転中に通話したことはあった。違反に該当する行為をしている限り、警察に見つかるか否かは確率の問題だ。違反を避けたいならば、違反しなければいいのだ。

交差点を直進した結果違反キップを切られたが、左折していたらトラックと正面衝突して命を落としていたかもしれないじゃないか。「こうしてたら、ああしてたら」なんて思考は時間のムダだ。結果しかないのだ。覆らない結果ならばそれを受け入れ、そうなるに至った行為を次に生かせばいい。命ある限り、やり直しは利くのだ。

そう考えたら、幾分前向きになれましたよ。もう運転しながら通話はしない。あるいはハンズフリーキットを買おう。そう誓いながらクルマを走らせるのでした。



しかし私にゴールド免許が与えられる日は来るのだろうか……。

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2009年11月13日 (金)

勝って兜の緒を締めよ、と

NHKのスペシャルドラマ『坂の上の雲』がもうすぐ始まりますね。

昔原作を読んでいたく感激した私としては、とても楽しみ。なんつってもNHKは予算のかけ方が違いますから。キャストも豪華だし納得の人選だし、かなり期待が膨らんでいる。

思うに『坂の上の雲』ってタイトルが秀逸ですよね。明治時代、若者たちが夢見た近代国家の姿を“坂の上にたなびく雲”に見立てたセンス。安易に「日露戦争物語」などとしなかったところがよい(そんなコミックがありましたが)……なんて司馬遼太郎のセンスをうんぬんすること自体、身の程知らずの狼藉だな。

さて。

原作の中でも印象的なシーンはたくさんあるのだが、中でも主人公・秋山真之の名文家ぶりを表すエピソードが記憶に残っている。とりわけ、ラスト間近で語られる「連合艦隊解散の辞」は印象深い。連合艦隊の解散式に臨んで、東郷平八郎が述べた訓示だが、草稿は秋山真之が書いたといわれている。時のアメリカ大統領、セオドア・ルーズベルトが英訳を読んで感激し、将校らに読ませたという名文です。

『坂の上の雲』では全文(こちらからどうぞ)は紹介されてませんが、結びのくだりなどは引用されている。


神明は唯平素の鍛錬に力め戦はずして既に勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足して治平に安ずる者より直に之を褫ふ。古人曰く、勝って兜の緒を締めよと。


神様は、戦う以前に勝てるほど普段から鍛錬につとめる者に勝利の栄冠を与えてくれる。同時に、一勝に満足して鍛錬を怠る者からは直ちにそれを奪ってしまう。昔から言うだろう、「勝って兜の緒を締めよ」と。

ということですね。うーむ。

何を言いたいかと申しますと、われらがレイソルですよ。清水戦は素晴らしかったが、もう終わったこと。残り3試合に向けて、リーグが2週間空いてる今、普段以上にトレーニングに励んでほしいなと。快勝したことによる自信は深めてもらいたいが、慢心や過信は捨て去って。再びフレッシュな気持ちで、勝利のみを目指して、新潟に挑んでほしい。

清水戦後のキタジのメッセージや、選手たちのコメントを読んでも、そんな心配は杞憂だと思うんですけどね。自信と慢心は紙一重だったりするから、精神状態のコントロールが難しい。いずれにせよ、私たちサポーターとしては、選手の力を信じて最後まで支えてあげたいものです。



などと真面目くさったことばかり言ってると身が持たないな。たまにはおもろいVTRなぞ見て気分転換しましょう。「バーレーンの実況が日本語にしか聞こえない件」、腹抱えて笑いました。

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2009年11月10日 (火)

たまには電車で

今日は代休をいただいたのです。で、前から行きたいと思ってたワンデートリップに出かけることにしたのでした。

…と思ったら昨晩クライアントから電話があって、急に対応しなくちゃいけない案件ができた。で、とりあえず出社して要件を済ませ、昼過ぎに出発したのです。

どこに行ったかといえば。

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車窓から望む太平洋。

東京駅から特急に乗って、外房線、内房線を回って房総半島を一周してきたのです。いや、「してきた」ってのは正しくないな。現在内房線の特急さざなみの車内でコレを書いとりますから、まだ旅の途中です。


勤務地が新木場に移って以来、京葉線に乗る機会が増えた。そんなとき、ホームを通過していく特急列車を見やることも多いのだが、ちょっと心配になっちゃうくらいお客さんが乗ってないんですよ。空気を運んでるみたいな。

理由はたぶん、アクアラインが800円に値下げされたのと、館山道が富浦まで伸びたことだと思う。クルマで行ったほうが便利で安いし、バスも増便されたんだろうな。

私自身、普段の休日はクルマで移動することが圧倒的に多いし、アクアラインが値下げされて気軽に利用するようになった。だから鉄道を敬遠してる人の気持ちもわかるのだが、一方で鉄分豊富な鉄ヲタという一面もあり、自ら利用することで率先してJRさんを応援したい気分になったというわけです。

ホントは和田でクジラ料理を食べることを目的にしようと思ってたんだが、そんなこんなで出発が昼過ぎになったため、ただ単に電車に乗ってぐるっと回ってくるだけという、じつに鉄ヲタ的な旅程になった。



東京駅14時発のわかしお13号は、あれ?と意外に思っちゃうほど、そこそこ人が乗ってた。満員にはほど遠いが、2人掛けのシートに最低1人は座ってるくらい。おそらく、外房線沿線の茂原とか勝浦に行く人は、内房線に比べるとまだ鉄道利用者が多いんだろうな。

安房鴨川に着き、駅弁とビールを仕入れる。

Asarimeshi

これですな、汽車旅の醍醐味は。昼間っからビールあおって、焦点の定まらない目で遠くの景色を眺める。ハンドル握ってる間は緊張してるドライブとの、一番の違い。駅弁って冷めてるし比較的高いんだけど、電車の座席に座って食べるとおいしいしお得に感じるから不思議。

鴨川から館山までは、下校途中の高校生に交じって普通列車で移動。館山から特急さざなみに乗って、もうすぐ木更津です。思った通り、さざなみは空いてる。自由席車1両に自分を含めて乗客は5人。コレ、もうすぐ廃止されるか思いっきり本数が減らされそうだ。



高速無料化を打ち出した民主党には、言ったからには約束守ってもらおうじゃんって思うけど、バランスのとれた政策を実施してほしいですね。高速無料化とか言ってる一方でCO2排出量25%削減とか、そのままじゃ矛盾もいいとこだ。環境に負荷の少ない公共交通機関の救済、ハイブリッドカーやEVの思い切った減税(逆に内燃機関車に新たに課税するなど)。やるべきことは多いですな。

とりあえずJR東日本さん、なるべく電車利用するから、ジェフから手を引くなんて絶対にやめてくださいね…。

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2009年11月 9日 (月)

あきらめないってこういうことだ

さっきから、ゴールシーンを何度も反すうしてはニヤけてます。

今日の勝ちは大きいよ! ただ勝っただけじゃない。レイソルを取り巻く空気が変わる、それくらいの快勝だった。

連敗して調子を落としていたとはいえ、優勝を争う清水にほとんど何もさせなかった。攻撃では、ボランチのタニが積極的に前線へ顔を出したため、分厚くて連動性のある攻撃が展開されたし、2列目に浩太と大津、最前列にフランサと澤が並んで、ボールが高い位置で回っていた。「こういう攻めが見たかったんだ!」と、何度も溜飲が下がりました。

象徴的なところで言えば、今日のバックパスからは「組み立てる」という意図が感じられた。ここ最近は、判断が遅れたり出しどころに困った挙句苦し紛れに戻す、ってバックパスが多かった。このゲーム、チームが復調するには十分なきっかけとなるんじゃないでしょうか。




絶対にあきらめない。勝利を、J1残留を。口で言うのは簡単だけど、どうすればそれを体現できるのか。

私は今日のレイソル戦士たちのプレーが、そういうことなんだと思う。「あきらめないプレー」。

相手よりも走る、球際に厳しく行く、当たり負けしない、ルーズボールをあきらめない。あらゆる局面で相手を上回ることを目指す。

2点目のタニのカット、3点目の澤のプレッシング、4点目の澤のキープなんかはまさしくそう。得点シーンだけじゃない。後半、右からの速く深いクロスにフランサが全力で走り、ゴールライン際でマイボールにしたシーンなどにも、そんな気持ちが如実に表れていた。

勝敗は時の運も絡むから、勝利を絶対に保証することはできない。でも、そんな「あきらめないプレー」はできるはずだ。それをやり切れたとき、勝利という結果が伴う確率はぐんと上がるのは間違いない。

残り3試合。絶対にあきらめない、その思いを全力で燃やし尽くしましょう。こりゃ新潟にも行かなくちゃ! 黄色くなって、少しでもレイソルの選手たちに力を送りたい。




今日はメインで見ていたが、レイソルサポーターの応援は素晴らしかった。点が入るごとにボルテージが上がっていって、日立台を震わせた。

最も声量が上がったのは、キタジが交代で入ったときじゃないだろか。「おーお! 北嶋ー」の「おーお!」がすごかった。鳥肌が立ちました。

キタジもそれを感じたんだろう。古巣相手のゴールでうれしかったのもあるだろう。ゴールを決めて、サポーターの元へ駆け寄っていく背中はカッコよかった。みずほコーポレート銀行のバナーでコケそうになったのは忘れとくよ。

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2009年11月 4日 (水)

ビラ配り後遺症

困った。今週末のレイソルのビラ配り、参加できそうにありません。

明後日から泊まりがけの出張なんです。だから、土曜日の夕方に帰京したらその足で柏に向かうつもりだった。しかし土曜日のビラ配りは、11時から13時の間に行われるとのこと。考えてみれば、週末なんだから夜より昼に配るほうがいいですよね。

清水戦の前に再びビラ配りが行われるのなら、絶対に行こうと思っていた。レイソルに義理を果たすとか、義務感からしぶしぶ参加するとかじゃなくて、純粋に楽しいからだ。こんな私でもレイソルの役に立っているという満足感(自己満かもしれんが)が得られるし、みんなで心を一つに活動するという一体感に、言わば「ハマった」。通行してる人がビラを受け取ってくれたらそれだけでうれしいし、時折声をかけられて、「応援してるよ」とか「見に行くよ」なんて言われると、もうわがことのようにうれしい。可愛い子が受け取ってくれたりするとじつにうれしい。南柏駅で配った日の、某主務との「女の子に手渡せるか競争」は、えらいヒートアップしましたよ、ええ。

というわけで、金、土に参加される方、よろしくお願いします。




ところで。前回合計3日間ビラ配りに参加した後、私の身に思いがけない変化が起こったのだ。

それは、「街角で配布されてるブツを無条件に受け取ってしまう症候群」に罹患したことである。




上で「ビラを受け取ってくれたらうれしい」と書いたが、裏を返せばなかなか受け取ってくれる人がいないということでもある。中にはあからさまにいやな顔をする人もいた。そんなときは、心にすきま風が吹き抜ける。「世知がれえ、世間様ってやつは…」と悲しい気分になる。

言うなれば、ビラ配りしてる人の気持ちが実体験として理解できたということ。そしたら、逆に自分が通行人の立場でビラやらノベルティを配布している現場に遭遇したとき、配り手の気持ちをおもんぱかって積極的に受け取るようになっていたのだ。受け取って「ありがとうございます!」と言われると、ああ喜んでくれたこの人、とほっこりした心持ちになるのである。

おかげでカバンの中にはビラがいっぱい。もともとメガネ男子なので、コンタクトレンズ屋さんからは徹底マークされてるのだが、コンタクト関係に留まらず美容室やら旅行関係やら某労組のよくわからない告発チラシまで…。

こないだは学習塾の立派なチラシももらった。子どもがいないので中身は破棄して、クリアファイルのみいただいた。

そうそう。ビラを受け取っても、その店に行って利益供与しなきゃ意味ないんですよね。我ながら浅はかなことだ。でも、条件反射的に受け取っちゃうようになりますよ。ビラ配りに参加される方、自身に訪れるそんな変化にも注目してみては。

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