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2007年12月

2007年12月29日 (土)

かわいい

かわいい
赤羽でゴルフをプレーしてきました。

ここのゴルフ場には野生のタヌキが住み着いていて、ゴルファーにエサをねだるのです。

以前プレーしたとき、手持ちのエサがなく悔しい思いをしたので、今日はキャディーバッグにソーセージをしのばせてました。

そんなタヌキが果たして野生と言えるかどうかはともかく。

かわいい仕草に癒やされました(*´д`*)

ティーショットを打つとき目の前をうろちょろして、集中を切らすのはやめてほしいけど。

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2007年12月28日 (金)

夢への衝動

年の瀬のこの季節になるといつも、ユニコーンの「雪が降る町」が頭の中でヘビーローテーションされるおにぎりです。この歌(と言いますか奥田民生の感性)のすごいところは、年末の慌ただしくも気だるくやるせない雰囲気が、歌詞とメロディで表現され尽くされてる点にあると思う。

てなわけで、「人も車もへり始めてる」段階に入りつつあるトーキョー。今日でわが社も仕事納めです。そんな日にDVDで映画を1本観た。

世界最速のインディアン」という、2005年の洋画。観たことある方、いらっしゃいます?

何日か前に、ウチの社長からTSUTAYAで借りたDVDを手渡されまして。「観とけ」と。しかしなんかB級映画っぽいタイトルだし、120分時間を空けるのもかったるいし、と観る気も起きずにほっぽいておいたのです。ところが既に返却期限を過ぎていることがわかり、しょうがねえなあ的感覚で再生ボタンを押したのでした。

そしたら。

おもろい。すごく面白い。ぐいぐい引き込まれて、あっという間にエンディングを迎えてしまった。

注意:以降に作品の結末など核心部分が記述されています。←Wikipediaからコピペ。

詳しいストーリーなどは、ネットで検索していただければザクザク出てくるから省きますが、これはファンタジー&ロードムービーですね。無謀な夢を抱くニュージーランドの老人が、単身アメリカにわたり、自身のつくり上げたバイクで世界記録に挑む。行く先々で困難に見舞われるも、彼の人間的魅力に会う人々が皆魅了され、彼に協力していく。そして最後には、夢を達成する。

「そんなにうまくいくわけないじゃーん」と思わされがちな展開だが、主演のアンソニー・ホプキンスの演技が上手くて、主人公がホントにいい人臭を漂わせてるので、違和感を感じさせない。それどころか、夢を持つって素敵だよね、いくつになっても遅すぎることはないんだよね、困難に立ち向かってこそ人生だよね、とやたら前向きになってしまったのでした。

と同時に、この映画を見せたかったウチの社長の気持ちも、わかる気がした。

今年、私は会社の新規事業立ち上げプロジェクトメンバーになって、会社にいろいろわがままを言いまくってるわけです。そろそろ具体化してる段階なんだけど、やれ費用対効果だ事業価値だ事業損益だと、数字で頭でっかちになってるわれわれに、「一番大事なのは夢の実現に向けた衝動的エネルギーだよ」と言いたかったのではあるまいか、と。

だいぶいい歳になりつつあるわたくしですが、それを言い訳にせず臆することなく、来年もやりたいことやっていこうと心に誓うのでした。

というわけで、皆様、よいお年をお迎えくださいませ。

たぶんまだ明日以降も更新しますけど。

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2007年12月27日 (木)

いい移籍

Jリーグは、移籍市場が1年で最も活性化するシーズンを迎えてますね。

ここ数日、レイソル関連でもいろんな動きがありました。少し前にさかのぼって列挙すると、ダテの栃木移籍が決定(頑張れ!)、高橋コーチが加入(期待してます!)、オカが完全移籍(来季こそは昇格を!)、ジャンボが福岡へ(思いっきり暴れちゃえ!)、ミズが京都へ移籍(正GK目指して!)などなど…。

そして今日、一気に来ましたね。中ちゃんの完全移籍、太田くんとシゲの完全移籍加入、杉山浩太選手の期限付き移籍加入ですか。

中ちゃんに関しては、レンタルのときから「いい移籍」の典型例だと思ってたから、両チームにとっても本人にとっても良かったんじゃないかと思う(家買っちゃったのにどうするの?と一部で言われてるが、賃貸だから無問題)。あるチームにフィットしなくても、よそのチームでは主力として活躍できる、という事例は中谷選手の例を挙げずとも枚挙に暇ないわけで、そういう意味では、名前が売れてなくても優れたポテンシャルを持つ選手はまだまだ数多く存在してるんだろうなと感じる。

じつは太田選手も杉山選手も茂原選手も、そんな選手なんじゃないだろうか。

3人ともサッカーファン、Jリーグクラブサポーターであれば名前は知っているだろうが、一般的な知名度は低いだろう。ケガや体調不良、あるいはチーム戦術の関係で出場機会が減っている中、環境を変えてリスタートを切る、という思いが本人にもチームにもあったはず。

現に太田選手はレイソルでポジションを掴んだわけで、いい移籍だったと思う。杉山選手はケガに加えて体調不良などでレギュラーに定着できずにいたようだが、彼のポテンシャルの高さについては石さんやキタジからさんざん聞いていたので、すごく期待してます。いい移籍になることを願ってます。



茂原選手の場合は、甲府で主力だったのだから、その2人とちょっと異なるかもしれない。しかしそもそも、神戸で埋もれかけていた彼の才能を見出し、主力選手にまで育てたのが石さんだ。

04年にレイソルに所属していたときは、当時のチームにフィットせずインパクトは残せなかったが、シーズンオフには広島の小野監督(当時)が移籍を直接口説きに来たくらいで、他チームの評価は高かった。今季日立台の最終戦で見たときには、さらに成長していて空恐ろしくさえなった。中盤から前ならどこでもこなせる器用さといい、磨きのかかったテクニックといい、来季はすごい戦力になるんじゃなかろうか。ムラッ気があって年間通しての活躍はなかなかできていないけど、石さんなら使いこなすだろう。巌がいい例だ。石さんとの間に確固たる信頼関係が築き上げられているから、石さんの下でなら能力を最大限に発揮できる、という選手なのだと思う。巌もシゲも。

一昨年の12月10日。大敗を喫した入れ替え戦の終了後。J2降格が決まって悲しいはずなのに、バタバタしてて悲しむ暇すらない。1時間以上経って、ふと我に返り、へたり込んでしまった。自然に涙が出た。すると、誰かが肩に手を置いてくれた。シゲだった。根はすごく優しい男なのだ。

過去のことで周囲の見る目は厳しいだろうが、プレーと態度で信頼を勝ち得てほしい。きっとそうなると信じている。やはり、いい移籍になることを願ってる。

そしてユッキーとシューシャ、ぐんりょう、そしてオチ、ウノ、ピント、ヤマシ、瀬戸くんらの所属先が一刻も早く決まることを。

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2007年12月25日 (火)

米国人の気持ちを台湾で知る

真夏のような台湾から、冬真っ盛りの日本へ帰ってきましたよ。

とはいえ、台湾って九州と同程度の小さな島ながら、すごく気候的な多様性があることを身をもって感じたのだった。台北は那覇より少し低いくらいの緯度で、この季節は上着が必須なんだけど、高雄はムチャクチャ暑い。でもって、東海岸と西海岸でも天候はずいぶんと異なる。短い滞在期間に台湾を一周するという鉄ヲタならではの行程のおかげで、気候的な特徴も知ることができました。

では撮ってきた写真なぞご覧ください。

Kyukyaku01

これが憧れの旧型客車。色は違えど、日本でも30年くらい前までは各地で普通に見られた類の列車です。

Kyukyaku02

こんな感じで、走行中も最後尾の車両の貫通扉が開いている。「ここに座ったり立ったりしないでください」という注意書きは添えられているが、その気になればいつでも転落できます。

Kyukyaku03

橋を通過中。ちょっと怖いね。

Keshiki01

これは12月22日の早朝に台東駅を出発し、南廻線(ナンフイ線と読む)で坊寮という駅へ向かう途中です。

Keshiki02

南廻線の車窓では太平洋がお友だち。沖縄よりも緯度は低いので、雲の感じや植生がほとんど熱帯のそれに近い。すごく南国的な景色でエキゾチックです。

ほとんど鉄道の写真しか撮ってない。看板とか町の風景とか、今にして思えば面白いのもたくさんあったはずなのに、全然撮ってない。ホント、オタクっぽくてやんなっちゃうな。




とまあ、旅の目的である旧型客車列車の体験は、100%達成できたのだが。

じつは今回、初めて台湾へ行って肌身を持って感じたことは、「あー、日本へ来たアメリカ人は、こんな気持ちなんだろうなあ」ってなことなのだ。それが当初の目的を果たしたことよりも感慨深かった。

何のことかと申しますと。

台湾が親日的であるとは前々から聞いてはいたのだが、これほどまでとは思わなかった。日本資本のチェーン店(吉野家とかモスバーガーとかファミリーマートとか…)も多いし、それらの店で扱っている商品も日本由来のものが圧倒的に多い。何より、商品名そのものが日本語で書かれていたりする。

現地資本のお店でも、普通に片仮名で店名が掲げられていたりする。ことに、「の」という助詞は、完全に台湾語化してるね。「○○の○○」という表記は、いたるところで見られる。

折しも、台北駅の駅ビル2階が「ブリーズ台北」という飲食街に改装されたばかりで、そこの案内板に書いてあった文章がとても興味深かった(漢文だから読める)。いわく、「日本では『デパチカ』に続いて、今は『エキナカ』がブームです。台北駅でもこの流行をいち早く取り入れ…」てな具合。入ってるお店も日本食を出す店がすごく多くて、和風デザートのお店に長蛇の列ができていました。

要するに、諸々の事象への日本文化の浸透具合、また“日本の流行をいち早く取り入れる”ことに心血注いでる感じが、日本におけるアメリカとの関係とよく似てる気がしたんですね。台北駅の和風デザート屋さんへの長蛇の列も、クリスピーなんちゃらドーナツの行列と同じと言えないこともない。

実際、昨日の日経新聞にも載ってましたが、総統選挙の軸として「どれだけ親日的か」という要素が重要視されてるってくらいなもんで(親日的なほうが庶民の共感を得られるらしい)。

もちろん、以前は日本が統治していた時期もあるから、その名残と言えないこともないが、それ言ったら韓国だって同様なわけで、しかし韓国では決してこのような現象は起きていない。ほとんど奇跡的とも言える親日度合。

台湾の人々には、自らの文化を大切にする一方、ぜひ今後とも日本をごひいきに、と願う次第です。そしてわれわれ日本人も、いつまでも彼の地の人々に好かれるよう頑張らないかんなあ、と感じたのでした。

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2007年12月23日 (日)

台湾版三ツ沢?

台湾版三ツ沢?
台湾版三ツ沢?
昨晩、台北に戻りました。

今日は朝から台北散策。圓山駅の隣にある、中山足球場にやって来ましたよ。

ちょっと三ツ沢を思わせる、スタンドとピッチが近い球技場です。でも照明塔がピッチ内に生えてる不思議な構造。外見は中華風に飾られており、大変ステキです。

ピッチ上ではサッカー教室が始まったようです。日曜の朝、老若男女が嬉々としてボールを蹴ってます。いい感じです。

聞いたところによると、日本ではレイソルユースの快進撃に、国中が盛り上がってるらしいですね。素晴らしい。

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2007年12月22日 (土)

Merry Christmas in summer

Merry Christmas in summer


高雄におります。あっちいです。

北回帰線を越えると熱帯気候だそうな。ほとんど日本の夏に等しいです。Tシャツ一枚でちょうどいい感じ。

なのに現地の人はやたら厚着なんですよ。ダウン着てる人いたもん。暑くないのかと余計な心配をしちゃいます。

しかし気づいた。彼らは寒さに憧れてるのだ。日本人にとっては真夏のような気温でも、こちらのホントの夏に比べれば、ずっと涼しいのだろう。で、ここぞとばかりに冬物を着ると。

以前マレーシアに行ったときにも、似たような話を聞きました。

折しもクリスマスシーズン。街はクリスマスの飾りで溢れてますが、そんなわけで違和感バリバリです。

写真は台東駅に飾ってあったサンタの飾り。ビニールの円形ドームの中に、発泡スチロールの雪が降ってました。
そうか、雪にも憧れがあるんだな。

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2007年12月21日 (金)

念願の旧型客車

念願の旧型客車

台湾2日目。早朝に台北を発って、宜蘭という町から花蓮という町まで、念願の旧型客車で向かってます。

ドア開けっ放し、冷房ないから窓全開。これこれ、これを体験したかったんですよ。

日本の初夏のような気持ちいい気候です。台湾、いいなぁ。

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2007年12月20日 (木)

台北101

台北101
台北に着きました。

ホテルに入って荷をほどき、すぐに台北探索へ。ガチョウを腹一杯食って夕食を済ませ、明日の切符も購入して準備は万端。ホテルに帰るのもつまんないので、世界一高いビル、台北101にやって来ましたよ。

なんか、そのうちドバイにできるビルに抜かれるらしいですけど。現状では世界一ってことで。

オニギライズ史上最高地点からのブログ更新でございます。

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鉄ヲタ台湾紀行~序章

正直に告白します。

わたくし、重度のオタク体質の持ち主です。

そんなこと改めて言われんでもわかっとるわい、とオニギライズ読者の方々ならおっしゃるかもしれません。このブログでも過去、クルマなどに関するどーでもいーよーな、毒にも薬にもならんようなネタを書き綴ってまいりました。しかし、ある点については伏せてきたつもりです。

それは何かと申しますと。わたくし鉄ヲタなのです。

鉄ヲタ。鉄道オタク。そうカミングアウトするだけで、女子の皆さんドン引きという不遇な人種。最近は鉄道ブームなどとも叫ばれ、すっかり市民権を得たかのように報道されていますが、私なぞはこれも怪しいもんだと思ってます。過去の被差別体験がトラウマとなり、素直になれない自分がいるのです。

私も高校生までは、宮脇俊三と種村直樹を神と崇め、鉄道ジャーナルと鉄道ファンを愛読する地方の鉄ヲタだったわけですが、18歳で封印しました。あまりに女子からモテないのはなぜだろうかと悩んだ末、原因を鉄道趣味に求めたのです。現実逃避とも言います。で、18歳以降はひたすらクルマを趣味としてきました。もともとクルマも含め乗り物全般が好きだったんですけど。

しかし、20世紀も終わろうかという頃、何気なく本屋で鉄道関係の本を手に取って驚愕したのです。

鉄道に関しては私、最新のものよりレトロな、ノスタルジックな分野に興味があり、地方のローカル私鉄とか大好きでした。ところが20世紀末、かの同和鉱業片上鉄道も野上電気鉄道も(いずれもすっごい古参車両が現役だったローカル私鉄)廃止されていたことを知ったのです。いずれ乗りに行きたかったのに。このとき悟りました。「クルマは後々でも中古車という形で手に入れることができる。しかし鉄道は、廃止されてしまったら最後なんだ」と。

以来、細々とではありますが鉄道趣味も復活しまして。廃止される前に乗っとこうと、日立電鉄も乗りましたし、鹿島鉄道も押えました。「公共交通は廃止される前に」という鉄則は鉄道以外にも適用されており、昨年ははるばる九州までYS11に乗りに行きました。

で、本題です。

私、明日から台湾へ行ってまいります。

何をしに行くか。じつは、風前の灯となっている客車鈍行列車に乗りたいのです。

客車列車は、日本では絶滅危惧種です。一部の夜行列車(これも危ない)やイベント列車を除くと、ほぼ絶滅してしまいました。

ヲタ的知識を発揮いたしますと、日本では昭和30年代より動力分散方式に舵を切っておりまして。いわゆる電車や気動車ですね。モーターやエンジンなどの動力を持つ機関車が動力を持たない客車を引っ張る方式(動力集中方式)ではなく、モーターやエンジンが複数の車両に分散されている方式です。効率という面からすると、これは理にかなってまして、日本は世界でも有数の電車王国になったのです。

しかし、機関車が客車を引っ張る鈍行列車というのは味があるもんです。台湾では今もなお、日本製(ただし戦後製)の古い客車が現役で、走行中もドア開けっぱなしで長距離を走る鈍行列車が存在するのです。しかし台湾新幹線も開業し、今後かの地の鉄道システムがドラスティックに変化するとも言われており、その際には客車鈍行列車が淘汰される可能性も大。現に、韓国では以前主流だった客車鈍行がほとんど消えてしまったといいます(韓国の客車は2000年に乗りに行きました)。台湾も、今のうちなのです。

明日台北に入り、明後日の早朝6時代に台北を発って、客車鈍行を乗り継ぎながら台湾を時計回りに一周してきます。例によって初日の宿しか予約してない行き当たりばったりですが、まあたぶん問題ないでしょう。

初めての台湾。何食ってもうまいと言われるB級グルメも楽しみ。できれば現地からもブログ更新したいと思っております。

鉄道ネタに反応してくれるのはごくごく少数の方々でしょうが…。

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2007年12月16日 (日)

日露交流

新潟へ行ってきました。

帰りの上越新幹線の車内で本を読んでいると、前の席から背もたれ越しに外国人男性がニョキっと顔を出し、「オオサキはどこだ?」と英語で聞いてきたのです。彼はJR東日本の車内誌「トランヴェール」のJR路線図が載っているページを指差していたので、私は親切に大崎の場所を示し、「東京駅でヤマノテラインに乗り換えて6つ目だよ」と教えてあげました。

フンフンと笑顔で私の説明を聞いている彼。「そっちに座っていいか?」と言うので「もちろん」と答え、話し始めたのですが…。

彼はロシア人だったのです。お互いに片言の英語しか話せず、ゆえにコミュニケーション苦労しまくり。

しかし。どうも彼の話がおかしい。「東京から浜松までは何キロだ? 浜松からオオサキまでは?」などとよくわからんことを聞いてくる。よくよく確認すると、大崎ではなく大阪でした。

いやー危なかった! 日本語も英語もよくわからんロシア人を、大崎のゲートタウン辺りで路頭に迷わせてしまうところだったよ。




この一件に限らず、私は外国人によく道を聞かれる。英語が話せるわけでもないので、ウロウロしてる外国人を前方に発見すると顔を背けるのだが、そんな私の心を見透かしたかのように、ウロウロ外国人は「エクスキューズミー…」と声をかけてくる。あちゃー、またかよ、と内心へこみつつ、ヘタな英語で身振り手振りを交えて一生懸命教える私。以前大手町駅で道を聞いてきたシスター(尼僧さん)は、私の道案内に大笑いした揚句、「ユー スピーク ナイス イングリッシュ、アンド ナイス ジェスチャー!!」と褒めて(?)くれました。

なぜだろう。英語が話せそうな顔してるとも思わないんだけど。以前ソウルに行った時も、現地の韓国人から何度も道を聞かれたので、言語うんぬんではなく単に隙が多くてヒマそうな顔してるのかもしれない。




話は今日のロシア人に戻る。

ダニエルカールとプーチンを足して2で割ったような風貌の彼は、中古車の仕入れのため日本にやってきたらしい。ハバロフスクから新潟まで飛行機で飛んで、新幹線に乗り換えた、と。新潟から大阪まで飛行機で行けば早いのにと言ったら、「景色を見たいんだ」と答えて、窓の外に目をやるのでした。なるほど、わかる気がする。越後湯沢辺りの銀世界、そして関東平野の青空。日本の気候の多様性に目を丸くしてました。「東海道新幹線に乗り換えて、しばらくすると右側に富士山が見えるよ」と言ったら喜んでましたね。

「ハバロフスクは冬は-25から-30度、夏は30度くらいになる。冬は寒すぎるし夏は暑い」とか「ハバロフスクにも、第二次大戦のときの日本人の墓がたくさんある」とか。いろんな話を聞けて、おかげで東京までの2時間、退屈せずに過ごせました。時ならぬ日露交流。電車や飛行機って、こういう出会いがあるから楽しいですね。

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2007年12月14日 (金)

○○と煙は高いところが好き

今日の東京地方、日中は素晴らしく空気が澄んでて空が真っ青でした。あんまりキラキラしてるもんで、お昼休みに会社から徒歩2分の近距離にある六本木ヒルズの森タワーに登ってきました。

ほら、○○と煙は高いところが好きと言うじゃないですか。その例にもれず、私も高いところが大好きでして。さぞかし遠くまで見渡せるだろうと楽しみにしながら、エレベーターへ。

52階から見る東京は、期待に違わずキレイでした。ここまで高いところから見ると、私が大嫌いな電線や醜い看板の類が目立たないから、東京もステキな街に見えてくる。昔に比べると格段に増えたスカイスクレーパー、青く輝く東京湾を抱き、皇居や青山墓地や赤坂御所や外苑や新宿御苑などの緑も豊富で…。いや、高いところから見てるからそう感じるのはわかってるんだけど。

それでも、東京も捨てたもんじゃないなと感じた。都会度という点ではニューヨークのマンハッタンに敵わないし、建築物の美しさではパリやプラハといった欧州の街のほうがステキだろう。自然との調和って点でもパースやボストンの比ではないだろう(行ったことないが)。それでも東京なりの良さってあって、規模という点ではたぶん世界随一。丸の内や銀座、新宿、渋谷といった街の集合体とも言える。果てしなく続く街並みは、それだけで度肝を抜かれる景色だ。はるか彼方に富士山が見えるのもポイント高いですね。

Roppongi_hills

筑波山を望む。日立台は見えるかしら、と目を凝らしてみたものの、確認できなかった。森ビルさん、もっと高性能な望遠鏡を用意しといてください。

さて、いつまでも油売ってないで会社に帰ろう、と思ったら、森アーツギャラリーでやってる展示会が目に入ってしまった。

Ultra

ウルトラマン大博覧会…。その強烈な引力に抗えず、追加料金を払って入り、じっくり1時間以上見ちゃった…(展望台の景色よりこっちのほうが楽しかったというのは内緒の方向で)。

大人の鑑賞に十分以上に耐え得る、歴史的価値激高の資料が並べられてます。私のように幼いころウルトラマンシリーズの洗礼を受けたおっさんの皆さん、行って損はありません。

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2007年12月13日 (木)

特別なクルマ

レッズ惜しかったっすね。ポンテがいたらまた違ったかも。

まあ点差以上のものを感じてしまったのも事実だが。彼我の差は歴然としてあるが、何が違うって、トラップというかボールコントロール。あのテクニックは、残念ながら現在の日本人プレーヤーをはるかに凌駕している。

とはいえ、「海外のビッグクラブを応援する」と「Jリーグのクラブを応援する」の違いは、「超美形なグラビアアイドルに恋をする」と「芸能人ほどじゃないけどかわいい生身の女の子と付き合う」の違いに似ている。私は断然、後者ですなあ。




さて。

前回のエントリ、おかげさまでオニギライズ史上最多のコメント数を記録しました。私の友人某氏もさぞ参考になったことでしょう。

しかし、自分にとって特別なクルマを買い替えるという決断の難しさは、よくわかる。彼の場合、クルマは再び実家のガレージに収まるようだが、下取りに出しちゃうようなときは本当に切ない。

思い出すのは1991年。わたくし弱冠20歳でした。18歳で免許を取って、初めての所有車ダイハツ・クオーレの次に手に入れたのが、親父から譲ってもらったホンダ・アコードエアロデッキだった。

Accordaerodeck

これ。今見るとなかなかスタイリッシュだが、当時は全く理解されず、友人たちからは、「アコードバン」なんて言われたもんです。しかし私は底抜けに(小草若兄さん風)気に入っていた。当時住んでいた横浜市戸塚からバイトしていた関内のレストランまで、毎日乗って行った。初めて高速道路を走ったのもこのクルマ。平均時速160kmくらいで、横浜から愛知の実家まで2時間ちょいのコースレコードを記録したりもした(今はもう絶対、そんな運転しません。若気の至りと笑ってやってください)。

しかし。そんなエアロデッキとの蜜月に暗雲が立ち込める。それは、あるクルマがデビューしたことによる。

Beat

ホンダビート。前年に発売されたNSXに憧れていた私にとって、その縮小版のようなビートは大変魅力的だった。デビュー前から雑誌などで情報を仕入れ、「買おうか買うまいか」逡巡する日々を送っていた。

というのも、確か新車当時は138万円だったと記憶しているが、一介の学生にとってはやはり十分すぎるほどの大金で、おいそれとは手を出せなかったのである。

ところが。ビートのデビュー当日の朝、親父からの電話で起こされた。

「おい。ホンダから出た軽自動車、おまえ買わんのか」と父。

「そりゃあ欲しいけど…」と私。

「じゃあ買いなさい」

というわけで、決心が固まった。ホントに、私の浪費癖は親譲りだと思う。

しかしビートの購入は、エアロデッキとの別れを意味する。それは大変つらい決断だった。せめてエアロデッキと一緒に過ごした証がほしい。そう感じた私は、あることを思いついた。

友だちからビデオカメラを借りて、エアロデッキをカーグラTV風に撮る!

じつに単純かつ今考えると相当恥ずかしいのだが、友人3名を誘った私は、わざわざカメラカー用にユーノスロードスターを借りて、2台つるんで箱根へ出かけた。芦ノ湖スカイラインや伊豆スカイラインを行き来して、わざとらしくタイヤを鳴らしながら走る姿をカメラマン役の友人に追っかけさせたり、ユーノスを追い越すシーンを撮らせたり。あろうことか、撮影はクルマの中で野宿しながら2日間にわたった。ヒマな学生ならではの行動である。

そんな甘酸っぱくもこっ恥ずかしいビデオテープ、現在行方不明なのです。たぶん、あの時誘った友人3名のうちの誰かが持ってると思うのだが…。

さて、そんなこんなでビートが納車される日。引き取られていくエアロデッキ。私の脳内には、「ドナドナ」が鳴り響いていた。

エアロデッキから乗り継いだ黄色いビートは、今でも私にとって青春のクルマである。箱根を走りまわり、彼女とのデートにも大活躍し、なんとあの小さなクルマで北海道一周を敢行したりした。横浜から青森まで8時間かけて走り、フェリーで函館へ上陸、次の日には稚内の宗谷岬に立っていた。あんなロングドライブはもう2度としないだろうな…。

濃密な時を3年も過ごしたビートだったが、新卒で入った会社を辞めてプー太郎生活を送っている時、実家に預けておいたら親によって勝手に売り払われた。それはだらしない私への、親による最大の抗議だっただろう。

こっ恥ずかしいビデオを撮るという儀式を経験できたエアロデッキとの別離のほうが、結果的にいい別れ方だったのかも。今になっても、もう一度ビートに乗りたいという思いがくすぶっているのです。

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2007年12月10日 (月)

皆様のご意見をお伺いしたい

先ほど友人から電話がありまして。内容は「クルマを買い換えたいんだけど、どう思う?」という相談でした。

話を聞きながら思った。このテの相談は、たいてい「買い替えたい!」という意思があるけど踏ん切りがつかないとき、誰かに背中を押してもらいたくてするもんだ、と。だから「いいんじゃない? 買っちゃいなよ」と東京弁で答えたのですが。

皆さんならどう思います?

ちなみに現在、彼が乗ってるクルマはこれ。

Beetle_photo

色は違うけど。フォルクスワーゲンのいわゆるビートル、希少なオートマチックです。彼はこのクルマに、なみなみならぬ愛情とこだわりを持っていた、ように見えた。しかし実情はちょっと違ったようです。

「昨日、家族でディズニーランドに行ったんすよ。したらなんかもう、『いいかな』って気になっちゃって」

彼は2人の子持ち。奥さんと一家4人で柏から浦安まで出かけて、あまりの「非快適性」に辟易しちゃったらしい。

「チャイルドシートを後ろに2つ乗っけてるんすよ。2ドアだと不便なんすよ。バギーはどこに乗っけるかって話っすよ。シートを自分のポジションに合わせるとですね、子どもの足が背面に付いちゃったりするんすよ。で重いハンドルをエイヤって回したりしてですね…」

クラッシックなそのスタイルは、彼のパーソナリティに似合ってると私は思ってたし、周囲の人間も同様だったろう。しかし、そんな「○○ちゃんと言えばビートル」みたいな評し方を、当の本人は人知れず重荷と感じていたのかもしれない。彼が現代の快適な乗用車に乗り換えたいと欲したところで、誰が責められましょうか。

で、彼が買いたいのはこのクルマ。

Range01

レンジローバー。4WDのロールスロイスとも称される、イギリスの超高級車。ただし、9年落ちの前タイプモデルで、車両本体価格は186万ですと。

まあ価格は国産大衆車の新車並みだけど、レンジローバーねえ…。カッコいいけど。おいらも宝くじ当たったら買いたいと思ってるけど(ただし私が欲しいのは、最新の3rdレンジである)。図体はでっかいから、柏の細い道だと取り回しに苦労しそう…。

ちなみに彼が目をつけている個体は、オフホワイトの本革内装で、グレーのパイピングが施されているらしい。

Range02

こんな感じ。うーんいかにも英国調。レンジとかジャガーとかアストンマーティンとか、英国車って内装の趣味がいいですよね。

どうですか皆さん。彼はこだわりのビートルからレンジローバーに乗り換えるべきでしょうか(ちなみにビートルは売ったりせず、実家に置いておくそうです)。「オニギライズのコメント欄で、読者の皆さんから意見を募ってください」という本人のたっての希望で、こうしてお伺いする次第です。皆さんからのコメントを判断材料にするそうです。というわけで、ぜひ忌憚のないご意見をお寄せください。

ホントは浦和対セパハン戦で書こうと思ってたけど、今日のエントリ。まいいや、長電話してて後半見逃したし…。

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2007年12月 8日 (土)

天皇杯@松江

それにしても、グランパスは本田圭佑を残して豊田陽平を山形にレンタルしたときに、親会社から何か言われなかったんだろうか。プロの世界のことだから、言葉遊びしてるほどヒマではないことは承知の上だが。

松江で行われた天皇杯5回戦、降っては止む冷たい雨に打たれながら現地で見てました。バックスタンドの端に陣取った名古屋サポの皆さん、本田圭佑が倒されたりいいプレーをするたびに「ホンダ! ドンドンドン! ホンダ! ドンドンドン!」ってコールするんだけど、あのコールを聞いたHONDA FCの選手たちが逆に奮い立っちゃいそうで。変に気になりました。

奇しくも自動車メーカーを母体に持つチーム同士が対戦したこのゲーム。試合は皆さんご存じのとおり、JFLのホンダがJ1のトヨタを下したわけですが。

「ホンダ強えええぇぇ!!!」とは、私は思わなかった。逆に、グランパスはいい選手が揃ってるなあと感じ入った。ヨンセンなんか、別格の高さと強さ、うまさですよ。立ち上がりに立て続けにあった名古屋のチャンスでは、シュートがことごとく枠に飛んでたし。それでもホンダが勝っちゃうところが、サッカーの、天皇杯の面白さですよね。

ホンダは、「弱者のサッカー」を貫いていた。そう言って語弊があるなら「挑戦者のサッカー」と言い換えることもできる。身体を張って、しこたま走って、ひたすら守って、カウンター。それが徹底されていた。そしてボールを奪うとわらわらと、蜂の巣をつついたように前線向かって選手たちが走り出す。それはあたかも「湧き出す」と表現したくなるほど、スペースに大勢の選手が走って行く。その時の攻撃は至極シンプルで、サイドに展開するかCBの裏に縦のボールを入れる。それを90分間続けた結果、2ゴールが生まれ、名古屋を無得点に抑えた。

ホンダがJチームを3戦連続で下したのはまぐれでもなんでもない。チームとしての統一感、成熟があるうえに、選手個々のスタミナ、闘争心も素晴らしい。レイソルにとっても見習うべき点が多いですね。この「挑戦者のサッカー」でJリーグを制することができるかと問われれば、ちょっと疑問符が付いちゃうけど(レイソルもグランパスも、3回勝負なら勝ち越せると思う。一発勝負の天皇杯ならではの結果という気がします)。

松江まで来てショッキングな敗戦を喫した名古屋サポの皆さん、心中お察しします。駐車場へ向かう道を歩きながら、頭を抱えて「うわーっ!!」と叫んでるサポもいた。うんうん、先月の私もそんな気持ちだったよ。

いい試合を見られて、来た甲斐があったと思いました。だんだん(ありがとう)松江。写真は空港に向かう前に撮った宍道湖の夕景。

Matsueyukei


そして入れ替え戦。スタジアム近くの家電量販店テレビ売り場で前半だけ見てたけど、結局引き分けだったんですね。

広島を応援しているサポの皆さん、関係者の皆さんにはかける言葉も見当たらない。京都の皆さんはおめでとうございます。そしてご母堂を亡くされたのにピッチに立つことを選んだ中谷選手。尊敬します。

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2007年12月 7日 (金)

ヤケ松江旅行

松江に来とります。

レイソルの天皇杯5回戦会場が松江と決まったとき、すかさず有休をとり、飛行機を押さえたのだ。何と言っても島根県内で初のJリーグチームのお目見えだ。レイソルの試合を見るという目的のみならず、歴史的瞬間(ってほど大げさでないが)に立ち会えるチャンス。こりゃ行くしかあるまい、と。

しかし…結果は皆さんご存じのとおり。ま、アレです。取らぬ狸の皮算用は良くないです。

4回戦でレイソルがHONDA FCに敗れたとき、悩んだ。チケットをキャンセルするか。しかし思い直したのです。「松江行きのチケットを取ったってことは、当然HONDAには勝てるという意識があったという証左に他ならない。結局、自分自身の心にも油断が忍び寄っていたのではないか」と。深く反省した私は、レイソルとはもはや関係ないと承知の上で、自戒の念を込めて松江に行くことにしたのでした。半ばヤケで。

島根県に来るのは学生のとき以来だから、かれこれ15年ぶりだ。山陰って、どこかへ行く途中に立ち寄るって場所でもないですからね。当地に目的がなければ、まず来ない。つうわけでそれなりにワクワクしながら、出雲空港行のJALに乗り込んだのでした。

Fujisan

窓側族は今日も窓側。富士山が綺麗に見えてました。

Dragon

出雲空港では、ヤマタノオロチにちなんだと思しき龍がお出迎えしてくれました。日立台のゴール裏にも似合いそう。

クルマを借りて、15年前にも立ち寄った出雲市方面へ。

Nihonkai

午後の便だったので、到着した頃にはもう夕暮れ時だった。太平洋側で生まれ育った人間って、夕陽が海に沈むって時点ですでに感慨深いんだよね~。

初めてドライブするマツダ・ニューデミオの素晴らしいドライバビリティに驚愕しながら松江へ戻り、ホテルにチェックイン。近くの郷土料理屋さんに夕食に行きました。

松江といえば、宍道湖七珍。宍道湖でとれる豊富な魚介類のうち、7種類をセレクトして名物にしてるのです。7種類の内訳は、スズキ、シジミ、白魚、コイ、ウナギ、モロゲエビ、アマサギ(ワカサギ)。ぜんぜん珍しくないものも入ってる気がするけど、とにかく七珍なのです。

今日は七珍のうち4品を食しました。季節のものもあるから、なかなか7種類一同に揃うことはないらしい。

Unagi

これはこのお店の名物、ウナギのタタキ。宍道湖産の天然ウナギだそうです。ウナギに乗っかったネギとトンブリがアクセント。

Shirauo

これは白魚。酢味噌でいただきました。ほのかな苦みがステキ。

Suzuki

本日のメインディッシュ、スズキの奉書焼。宍道湖で採れたスズキを、和紙に包んで焼いてます。包み紙を解くと、ほわあっとスズキの香りが立つ。柚子を絞っていただきました。

Shijimizosui

〆はシジミの雑炊で。かすかな泥臭さと、圧倒的なうま味。シジミっていいダシが出ますよね。

というわけで、大満足しながらホテルへフラフラと戻ってきました。地酒でしこたま酔っ払った。

Matsueyakei

松江は宍道湖に面してる上に、川も多くて水都って感じ。川沿いに蔵造りの商店が並んでたりして、とても雅な雰囲気。松平不昧公以来の伝統でしょうか。若い頃にはピンと来なかったけど、歳取った今では「いい街だなあ」と感嘆しました。

ところで。

今週石さんにお会いしたとき、「週末、松江に行ってきます」と申し上げたら、「なんじゃいワレ。なんで松江なんか行くんじゃ」と聞かれました。「……天皇杯観に行こうと思って…」とお答えしたら石さん、頭を下げて「スミマセン」。思わず笑っちゃいましたよ。

明日はホンダ対トヨタの「ガチンコ自動車メーカー対決」を見てきます。

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2007年12月 5日 (水)

名前じゃ勝てない

J1・J2入れ替え戦第1戦。J2チームのホームで、J1チームが1対2の敗戦。

うわ、何このデジャビュ……。




なんてとぼけてる場合じゃない。大丈夫ですか?広島。ちょっと心配になっちゃうくらい守備が機能してないよ。

2得点を決めた田原は素晴らしいけど、あれだけポンポンクロスを上げさせたら、決められるのは時間の問題だ。両チームともに、サイドに攻撃を展開してクロスを上げるのが重要な戦術になってるチームだが、京都のDF陣が身体を張ってクロスをブロックしているのに対し、広島のDFはボールの行方を目で追ってるだけ。中央での競り合いもイマイチハードに行けてない。勝敗を分けたのは、間違いなく守備陣の出来でしょう。

かつてのレイソルも、今年の広島も、「こんなにいい選手がそろっているのに、なぜこの順位なんでしょう」と言われてしまうチームだ。今日の試合で改めて、ネームバリューじゃ勝てないことを痛感させられた。日本代表や五輪代表が何人いようが、重要なのはチーム戦術とハート、特にハートが大きい。とどのつまり、あと一歩踏み出せるか、もっと激しく当たれるか、それはメンタルに負う部分が大だから。



今になって振り返れば、今季の目標を達成するまでのレイソルも、鬼気迫るまでの気迫を感じるチームだった。やはり、残留が確実になって気が抜けてしまった面は否めない。石さんが掲げた「勝点45」という目標は絶妙で、チームに完全に浸透していたが、浸透しすぎたが故に達成後の反動も大きかったのだろう。これもいい教訓と捉えて、来季の戦いに生かしてほしいものです。



ところで、今日の入れ替え戦、やはり注目して見てたのは中ちゃんだ。「北の国から」の地井武男じゃないよ。中谷勇介選手です。

レイソルではケガがちでトップチームに定着できず、一部では都市伝説とすら言われていたが、黙々とリハビリに励んでいたのだ。足の甲の痛みが長引き、それが完治してもなかなか出場機会に恵まれなかった。プレースタイルとチームが目指すサッカーの相性の問題もあったかもしれない。

昨年柏の葉で行われた練習試合で3バックの左ウイングでプレーし、攻撃面で素晴らしいセンスを見せていたのを思い出す。今日の入れ替え戦でもその位置でプレーして、「いいパフォーマンスを見せています」と実況の野地さん(NHK)が評していましたね。自分の力を発揮できるチームで、プレーで貢献する。選手にとってもチームにとっても、いい移籍だったと思う。第2戦も頑張ってほしいです。

ところで、野地さんの実況は素晴らしいし好きだが、「ジェイトゥー」っておっしゃるのはずっと気になりました。より本来の発音に近いのはわかるのだが。

それに釣られずしっかり「ジェーツー」と発音する解説の小島伸幸さん、さすがだ。

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2007年12月 4日 (火)

皮肉屋でなければオシムじゃない

オシム氏第一声「試合は?」 会話始める(asahi.com)

いやあ良かった。オシムさんの意識が戻って、会話できるまでに回復しているようだ。しかも「らしさ」もそのまんま。ちょっと涙ぐんでしまいましたよ。

今日は寝不足のせいか涙もろくて…。寝不足のときって、涙の分泌が盛んになりませんか? 朝から「ちりとてちん」見てボロボロ泣いてたからなあ。いい歳したおっさんがなにやってんだか…。

良かったといえば。札幌、東京VのJ1昇格、そしてロッソ熊本とFC岐阜のJ2昇格、ホントにおめでとうございます。

FC岐阜は債務超過が指摘され、それがネックになって4位以内の成績を収めても昇格が承認されないのではないかとのもっぱらの噂でしたが、関係者の方々の努力の賜物でしょうね(しかしじつは札幌も債務超過だったという事実。札幌を上げておいて、FC岐阜は認めないってわけにもいかなかったのだろう)。以前のエントリにも書きましたが、岐阜って地域は全国的に見るといまいち影が薄い。FC岐阜の存在と活躍が、岐阜県民の誇りとなり、地域興隆(振興よりも強く、“興隆”)につながればと切に願っております。

そしてロッソ熊本。池谷さん、おめでとうございます。全く知らない土地で、徒手空拳での監督就任。さぞかしご苦労も多かったことでしょう。

オチ、ウノ、ピント、ヤマシ。勝手な願望だけど、池谷さんをもう一度Jで輝かせてあげてほしい。みんなもっともっとやれると思うから。…ホントに勝手だな。

でも特にオチにはね、故郷の熊本で、もうひと花もふた花も咲かせてほしいと願ってるんです。じつは今日、柏に行って石さんとお話しする機会があったのですが、石さんも今季のふろん太でのオチについて、「いいプレーしとったけどな」と残念そうにおっしゃってました。何といいますか、オチの全貌をオレはまだ見ていない!って気がするんですよ。まだ若いんだし、爆発するときが来るんじゃないかと。

故郷のクラブで爆発的に活躍して、ヒーローになって。その暁には、大津高校のグラウンドに巻じゃなくてオチの巨大パネルが貼られると思うんですよ(10月にKKウイングに行ったとき、大津高校を訪ねてみたんです。おんなじこと考えてる方々がいらっしゃって笑ったんですが)。

オチが熊本で活躍したら、絶対見に行くんだけどな。しかしたまにしか会えなくなるから、もう少し関東でプレーしてもらったほうがいいかな。いずれにしても、みんなみんな応援してます。

なんかタイトルと全く関係ない話になってしまった…。

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2007年12月 2日 (日)

熊谷は冬も熱かった

熊谷といえば夏の猛暑で有名ですが。

今日の熊谷もじつに“熱かった”。

今日は、全国地域リーグ決勝ラウンドの最終日。アルディージャも時々使ってる、熊谷スポーツ文化公園陸上競技場を会場として行われました。地域リーグ決勝大会ってのは、全国9地域の社会人サッカーリーグの覇者らが集まって戦う、いわば「JFL参入決定戦」なのです。

この大会とJ1・J2入れ替え戦は、日本の「熱いサッカーイベント」の双璧であると言われています。私が勝手に思ってるだけですけど。昨日、少々気の抜けた試合を見ちゃったもんで、「熱いフットボールを見たい!」という思いが私を熊谷へと走らせたのでした。会場でお会いした小見さんに、「おまえも渋い大会観に来るね!」と褒められ(呆れられ?)ましたよ。

決勝ラウンドに進んだのは、ファジアーノ岡山、FC Mi-O びわこ Kusatsu、バンディオンセ神戸、そしてイケの出身チームでもあるニューウェーブ北九州の4チーム。今日の最終日は、岡山対Mi-O、神戸対北九州の2試合が行われました。

そもそも、おとといの金曜日から3日連続で総当たりのリーグ戦をやってるのです。J1やJ2がいかに過密日程と言われようとも、ここまで過酷な日程はない。それでも、3日ぶっ続けでやってるとは思えないほど、選手たちは走る、走る。JFLへの道は非常に狭き門で(ただし来季はYKKとアローズが合併し、熊本がJへ昇格するため、自動昇格2チームという例年になく広き門なのですが【岐阜も昇格すれば3チーム自動昇格】)、このチャンスを逃せば来年もここまで勝ち進める保障は何もないから、みんな必死なのです。

もうね、熱い。一つ一つのプレーに必死さ、闘志がみなぎっている。タダで見させてもらうのが申し訳ない。ましかし、全ての試合でこんなに闘志を燃やし尽くしていたら、早晩燃え尽きてしまうだろう。それくらい熱い。

結局本日は岡山が1-0でMi-Oびわこを退け、北九州が2-0でバンディオンセに快勝しました。この結果、岡山と北九州の来季JFL参入が決定。Mi-OはJFL最下位のアルテ高崎と入れ替え戦を行うか、岐阜がJ2昇格を果たした際には自動昇格となります。バンディオンセは、来季も地域リーグで戦うことになります。

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タイムアップのホイッスルとともに、ピッチに崩れ落ちるバンディオンセの選手たち。昨日までは首位だったのに。ああ無情。

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一方お祭り騒ぎの岡山の選手、スタッフたち。

岡山は現時点でJのクラブがないことが不思議なほど、地域としてのポテンシャルを持ってる町だと思うので、ぜひ頑張っていただきたいです。




さて、昨日の磐田戦の帰り、どこに寄ってきたのかって話ですが。

こちらへ行ってきました!

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静岡県富士市は富士駅前のレストランマルトウ。何と、あの佐藤由紀彦選手のご実家でございます。

お店は、昔ながらの洋食屋さんといった趣で、ほっと落ち着ける味です。私は初めて目にするオリエンタルライスというメニューをいただきました。カレー味のチャーハンにトンカツが乗ってました。

お若く、美男美女なご両親(ユッキーの男前っぷりから想像はできますけど)とお話しすることもできました。レイソルサポーターの来訪を大変喜んでくださいましたよ。突然の訪問にも誠実にご対応いただいたご両親を見て、ユッキーの素晴らしい人間性の由来がちょっとだけわかった気がしました。

よろしければ、皆さまもぜひ一度ご訪問を。富士駅の北口商店街、駅から徒歩5分くらいのところです。

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2007年12月 1日 (土)

帰ってきました

磐田へロングドライブかましてきました。

時間がないので手短に書きます。

今季最も内容の悪い試合だった。パスミス多過ぎ、プレーも軽い…。10月、11月の勝てなかった時期は、一生懸命やってるのに結果が付いてこない、歯車が狂って自信を失ってしまった、という感じだった。だけど、今日の磐田戦はちょっと違う気がする。「スイッチが入っていなかった」ように見えた。

こんな言い方しちゃうのも無責任だけど、サッカーって常に勝てるわけじゃないんだから、全試合勝ってくれとは言わない。ただ、「戦う気持ち」は、公式戦に限らず練習試合を含む全ての試合で見せてほしい、感じさせてほしい。でないと、はるばるアウェイまで駆けつけてくれたサポーターに失礼だよ。

最後の試合でこれだけ悪い面が噴出すると、来季に向けての課題がいろいろ提示されていいかも、と無理やりポジティブになってみる。

帰りがけ、以前から一度行ってみたかったあるお店に寄ることができました。その顛末はまた明日。

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