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2007年12月25日 (火)

米国人の気持ちを台湾で知る

真夏のような台湾から、冬真っ盛りの日本へ帰ってきましたよ。

とはいえ、台湾って九州と同程度の小さな島ながら、すごく気候的な多様性があることを身をもって感じたのだった。台北は那覇より少し低いくらいの緯度で、この季節は上着が必須なんだけど、高雄はムチャクチャ暑い。でもって、東海岸と西海岸でも天候はずいぶんと異なる。短い滞在期間に台湾を一周するという鉄ヲタならではの行程のおかげで、気候的な特徴も知ることができました。

では撮ってきた写真なぞご覧ください。

Kyukyaku01

これが憧れの旧型客車。色は違えど、日本でも30年くらい前までは各地で普通に見られた類の列車です。

Kyukyaku02

こんな感じで、走行中も最後尾の車両の貫通扉が開いている。「ここに座ったり立ったりしないでください」という注意書きは添えられているが、その気になればいつでも転落できます。

Kyukyaku03

橋を通過中。ちょっと怖いね。

Keshiki01

これは12月22日の早朝に台東駅を出発し、南廻線(ナンフイ線と読む)で坊寮という駅へ向かう途中です。

Keshiki02

南廻線の車窓では太平洋がお友だち。沖縄よりも緯度は低いので、雲の感じや植生がほとんど熱帯のそれに近い。すごく南国的な景色でエキゾチックです。

ほとんど鉄道の写真しか撮ってない。看板とか町の風景とか、今にして思えば面白いのもたくさんあったはずなのに、全然撮ってない。ホント、オタクっぽくてやんなっちゃうな。




とまあ、旅の目的である旧型客車列車の体験は、100%達成できたのだが。

じつは今回、初めて台湾へ行って肌身を持って感じたことは、「あー、日本へ来たアメリカ人は、こんな気持ちなんだろうなあ」ってなことなのだ。それが当初の目的を果たしたことよりも感慨深かった。

何のことかと申しますと。

台湾が親日的であるとは前々から聞いてはいたのだが、これほどまでとは思わなかった。日本資本のチェーン店(吉野家とかモスバーガーとかファミリーマートとか…)も多いし、それらの店で扱っている商品も日本由来のものが圧倒的に多い。何より、商品名そのものが日本語で書かれていたりする。

現地資本のお店でも、普通に片仮名で店名が掲げられていたりする。ことに、「の」という助詞は、完全に台湾語化してるね。「○○の○○」という表記は、いたるところで見られる。

折しも、台北駅の駅ビル2階が「ブリーズ台北」という飲食街に改装されたばかりで、そこの案内板に書いてあった文章がとても興味深かった(漢文だから読める)。いわく、「日本では『デパチカ』に続いて、今は『エキナカ』がブームです。台北駅でもこの流行をいち早く取り入れ…」てな具合。入ってるお店も日本食を出す店がすごく多くて、和風デザートのお店に長蛇の列ができていました。

要するに、諸々の事象への日本文化の浸透具合、また“日本の流行をいち早く取り入れる”ことに心血注いでる感じが、日本におけるアメリカとの関係とよく似てる気がしたんですね。台北駅の和風デザート屋さんへの長蛇の列も、クリスピーなんちゃらドーナツの行列と同じと言えないこともない。

実際、昨日の日経新聞にも載ってましたが、総統選挙の軸として「どれだけ親日的か」という要素が重要視されてるってくらいなもんで(親日的なほうが庶民の共感を得られるらしい)。

もちろん、以前は日本が統治していた時期もあるから、その名残と言えないこともないが、それ言ったら韓国だって同様なわけで、しかし韓国では決してこのような現象は起きていない。ほとんど奇跡的とも言える親日度合。

台湾の人々には、自らの文化を大切にする一方、ぜひ今後とも日本をごひいきに、と願う次第です。そしてわれわれ日本人も、いつまでも彼の地の人々に好かれるよう頑張らないかんなあ、と感じたのでした。

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コメント

台湾行ってる間に、寝台急行銀河の廃止が決まっちゃったよー (;_;)/~~~

投稿 やまけん | 2007年12月25日 (火) 23時12分

台湾に最後に行ったのはもう20年ちかく前です.きっと大分変わっているだろうな.当時は未だ鉄道が一周つながっていませんでした.ところで台湾と韓国を比べた場合,中国(清)の一部が日本に割譲された台湾と,基本的にはずっと独立国であった韓国(李氏朝鮮)との違いがあった,という点がしばしば指摘されるところだと思います.ともあれ,日本も今後とも頑張らないと,というのはその通りですね.ちなみに小生現在欧州におりますが,当地のカラオケ素人歌合戦で「シブヤ」というtv番組があります.まあこれはこれでいいのかな・・・?

投稿 FUNFUN | 2007年12月26日 (水) 07時40分

旅行、満喫されたようですね。日本語は通じたんでしょうか?

以前、台湾ではひらがなで"の"を書くのがオシャレ・かっこいいと受けている、という話をテレビでやってました。何でも"の"をつけちゃうんだとか。丸い形がいいらしいですよ。
親日派なのは、大陸(共産党)に対する反発などもあるらしいですね。

投稿 めい | 2007年12月26日 (水) 11時38分

やまけん様
マジっすか? やばいな…。
かくいう私も大阪に行くときは新幹線か飛行機使っちゃいますね。銀河、使いようによっちゃすごく便利な列車ですけど。

FUNFUN様
おっしゃる通り、清国が割譲してしまった台湾と、日本が植民地化してしまった韓国とでは、日本統治に至る経緯に決定的な差があります。しかし、仮に形式上韓国の独立を保った上での傀儡国家化(満州国みたいに)的なやり方をしても、韓国は日本に対して反日的感情を持ったと思うんですよね。
なんつうか、民族的なメンタリティとして。韓国民は日本への反発をエネルギーにして走ってるような気がする…。
まあ推論に過ぎませんけど。

めい様
「犬が去ったと思ったら豚が来た」って、国民党に対する本省人の反発もあるみたいですね。
「の」はホント、いたるところで見ました。

投稿 おにぎり | 2007年12月26日 (水) 12時00分

おにぎり様
私も先週末台北に行っていました。もしかしたらニアミスしていたかもしれませんね。
私は現在中国・広東省に駐在しているのですが、同じ中華圏でも雰囲気は全然違いますね。ブリーズで食べた牛肉面、美味しゅう御座いました。
ちなみに「の」は香港でもよく見ます。

投稿 さあ | 2007年12月26日 (水) 23時21分

客車懐かしいです。小学生の頃、常磐線の快速でもたまに走ってました。ボディーは茶色の客車でしたが、走行中も扉が開いていて、松戸~金町の辺りで車外の手すりを伝って隣の車両に飛び移ったりしてました。今考えると危ないことしてたな~って思いますが。

投稿 種ちゃんファン | 2007年12月27日 (木) 00時46分

おにぎりさん、お久しぶりです
その昔、徳島からのMD90で一緒でしたが・・・

おにぎりさんが鉄ちゃんとは知りませんでした
台湾の旧客、43系見たいで好きですね
気動車は日本の某社製ですね

実は、台湾の鉄道にはまり、出張と遠征で
貯めたマイルで毎年台湾に行っております
自分は3年前半時計周りで台湾を一周してます
去年はFC東京戦(味スタ)をサボって台湾
新幹線に乗りに行きましたが台風襲来で台鉄、
高鉄ともにストップで総統座椅子バスになって
しまいました

実はレイサポにも結構鉄ちゃんが多いのです
今度、日立台で鉄談義をして見たいですね


投稿 黄色い会長 | 2008年1月 3日 (木) 00時39分

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