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2008年1月

2008年1月31日 (木)

おもひでの川崎球場

ひょっとしたらひょっとして、フロンターレのホームが等々力から移っちゃうかも!?

川崎球場、長方形競技場に(YOMIURI ONLINE)

しかし可能性は低いだろう。川崎球場はアメフトXリーグ、アサヒビールシルバースターの練習場でもある。既にアメフトメインの球場と化しているし、川崎市自体アメフトワールドカップの開催地となって「アメフトの街」をアピールしてる。当然、新たに造られる競技場も人工芝だろう。ロングパイルのJFA認定人工芝を使用したとしても、Jリーグの公式戦は開催できない。したがって、アメフトをメインにアマチュアのサッカーやラグビーを開催できる人工芝の球技専用スタジアムになるんだろうな。

この記事でわかんないことがある。教育文化会館を取り壊して市役所も入る複合ビルを建てるとなってるけど、となると富士見中と富士見グラウンドはどうなるんだろう? あのへんも含めたブロック丸ごとの再開発なんだろか。また川崎球場の老朽化が激しいと書いてあるが、すでに建物部分は取り壊し、現在はグラウンドと盛り土による小ぶりなスタンドのみ。老朽化うんぬんは的外れだと思うんだけど。




とまあ、私に川崎の土地勘があるのは、あの辺に住んでたことがあるからなんです。

20代半ばのころ、JR川崎駅の南側、南町というエリアに住んでた。目の前が川崎ロック座、周囲は風俗店街、近所の銭湯に行ったら男湯の客全員タトゥー入ってた、というステキな町だった。夜には辻辻に客引きのおばさんが立っており、駅から自宅にたどり着く前に「お兄ちゃん、遊んでかない?」と最低5人には声をかけられた、そんな所。

そんな環境に嫌気が差し、1年で溝の口に引っ越したんです。溝の口は気に入って、かれこれ5~6年住んだな。今でも川崎の草野球チームに属しており、富士見グラウンドでは何度も野球やったことあります。




さらにさかのぼれば、わたくし、取り壊される前の川崎球場でバイトしてた。

学生のころ、当時のシ○ズスポーツ横浜、現在の横浜シミ○でバイトしてまして。横浜スタジアムがメインで、チケットのもぎりや、スタジアム大型ビジョン用の映像を撮る仕事に従事してました。平塚競技場でのベルマーレ昇格後初試合の席案内や、三ツ沢のマリノス戦警備もやったなあ。

私は川崎球場要員として、週に2、3度川崎に派遣されていたんです。すでにロッテが千葉へ移転した後だったため、都市対抗野球や日本ハムの練習、その他もろもろの野球大会で、グラウンド整備を主にやってました。

忘れられないのが、番組収録のイベント。当時、フジテレビで土曜23時半からやってた「夢がMORIMORI」って番組がありまして。この中の「スーパーキックベース」ってコーナーを、川崎球場で収録してたのだ。スーパーキックベースを知らない若い人にご説明申し上げると、バットの代わりに足でボールを蹴る野球、野球とサッカーを混ぜたようなもんです。

スーパーキックベースの収録では、ピッチャーマウンドが邪魔になる。川崎球場では何と、毎回ショベルカーでマウンドを削っていたんですよ! んで、収録が終わるとまた成形する。今でもピッチャーマウンドつくらせたら、結構イケますよ、私。

収録日には、MORIMORIドリームスはじめ芸能人がたくさん来場してた。森口博子がかわいくってねえ。脱退しちゃった森且行をはじめ、スマップのメンバーもよく来てたんだが、キムタクは私のような小汚いバイトにも、「おはようございます。よろしくお願いします」って頭を下げるんですよ。ジャニーズのタレントさんは皆総じて礼儀正しくて、こっちが恐縮しちゃいましたね。トンボでアンツーカーを整備してたとき、丸山茂樹に「キミ、土をならすのうまいなあ。ウチのバンカー整備しない?」といじられたのもいい思い出。

ロッテが移転する前は、よくガラガラのレフトスタンドで観戦してたもんだ。あの、ノスタルジックで昭和な香りが横溢した川崎球場の雰囲気が懐かしい。あの跡地にどんなスタジアムが建つのか興味深くもあり、昔の面影が全く消え失せてしまうのが惜しくもあり。いずれにせよ、見守っていきたいと思います。

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2008年1月30日 (水)

ドリンクの話

こないだ北千住の駅でJRから日比谷線に乗り換えたとき、ホームにあった自販機で何気なくオロナミンCを買ったんですよ。

オロナミンC。すっごい久しぶりに飲んでみたら、なんかやたら美味しくて。一口飲んで、「あれ、こんなに美味しかったっけ?」と思いつつさらに一口飲んだら、もう空だった。もう1本買ってしまいそうになる物足りなさ。商品戦略なんだろか。

オロナミンCの物足りなさに目を付けたと思しきフォロワーはたくさんある。デカビタC、リアルゴールド、ライフガード、ドデカミン等々…。しかし、そうしたフォロワーもオロナミンCの味には追いついてないといいますか、フォロワーが出れば出てくるほど逆にオロナミンCの味的突出感が際立つ気がしますね。

別に徳島ヴォルティスの回し者じゃありませんよ。





そんな話を会社でしたら、「懐かしのドリンク話」になった。

どーでもいい定番ネタとして、懐かしドリンク系のネタはありがちなのだが、そんなとき必ず出てくるのは「スイートキッス」とかですね。スイートキッス、初めて飲んだときは驚愕したなあ、美味くて。わざわざケッタ(チャリンコの方言です)で隣町の酒屋まで買いに行きました。

あとよく出てくるのは「サスケ」や「維力(ウイリーと読む)」。サスケはまずかった。こんなにまずい飲み物が商品として売り出されたことに、子ども心に驚いた。なんかコーラに醤油混ぜたような味だった記憶がある。

ポッカの維力もまずい系のドリンクとして人々の記憶に刻まれているが、私は結構好きだった。親戚の酒屋で大量に売れ残ったものをもらい、夏休みに毎日飲んでた記憶がある。ちょうどそのころ、ファミコンの「アトランチスの謎(「ティス」じゃないところがステキ)」で遊んでまして、アトランチスの謎のテーマ音楽と、維力のどことなく漢方臭い味がセットになって思い起こされる。

おにぎり的に、最もまずかったドリンクとして認定してるのは、「マリンクラブ」である。ご存じの方いらっしゃいますかね? 3色、色違い味違いのフレーバーがあって、いずれもすさまじくまずかった。ミントのきつい香りがして、ほとんど甘くなかった覚えがある。サスケといいマリンクラブといい、あの頃のサントリーはチャレンジャーだったのだな。

しかし、ミント系の香りに甘さを抑えたテイストは、今ならすんなり飲めそう。カクテルの材料にも使えそうだ。ぜひサントリーさんに、当時のレシピを再現した復刻版を発売していただきたいです。

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2008年1月28日 (月)

それぞれの道

薩さんの、AC長野パルセイロコーチ就任が決定しました。

「1年間」ってコメントしてるとこから見て、籍はレイソルに置いたままのレンタルである模様。指導者としての実績を積むべく、頑張ってほしいものです。その経験を、将来レイソルで活かせるように。

ところで、パルセイロと聞いてこんな画を想像したのは私だけではあるまい。

Palseiro

…それはともかく。

サッカー界は人事異動の季節です。選手の移籍はそろそろ打ち止めで、すでに新チームが動き出しているところも多い。

レイソル在籍経験選手では、オチの栃木移籍や、瀬戸春樹のシンガポールリーグ移籍が決まった。シンガポール、行けるもんなら行ってみたい。自分の境遇がそう思わせるのか、かつてレイソルに在籍していた選手が新天地でどんな活躍をしているのかがやたらと気になるんですよね。レイソルはいつも見てるからってのもあるけど。

あとはウノとピント。ウノはJ's GOALのトライアウトインタビューで、受け答えしてた動画を見た。早く次の活躍の場が決まるといいな。あの猪突猛進ドリブル、いわゆるゴリブルをまた見たい。ゴリブル見れるならシンガポールでもアフリカでも行くよ。

そしてヤマシ。何でも現在、FC琉球の練習に参加しているそうだ。ぜひ決まってほしい。ぐんりょうも移籍したことだし、今年は沖縄ツアーにも行かねば。あの華麗なテクニック、錆びつかせるには惜しすぎる。

で、取り上げるのが遅くなったけど、シューシャこと平山智規は引退して、レイソルの普及コーチに就任した。

シューシャがコーチ…。契約非更新が決まった時から、たぶん引退するのだろうなと思ってはいたけど、コーチか。普及コーチともなると、幼い子どもを相手にすることにもなるわけだが、彼の場合は子どもよりもお母さんたちにモテそうですな。

下さんもブログで言ってたとおりだいぶ意識も変わってきたようで、今年の年賀状には「引退することに決めました。今後ともよろしくお願い申し上げます」と非常に丁寧な字で書いてあった。某現役選手が書いてた「焼きおにぎりにして食っちまうぞ!」なんてフレーズと比べると、なんか、すごく大人。ちょっとびっくりしました、正月から。

まだまだ現役で行けるのに、あえてレイソルで引退することを選び、指導者の道を歩み始めたシューシャ。この先の人生に幸多からんことを祈ります。

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2008年1月26日 (土)

長い長いリーグ戦だから

3月の頭から12月の頭まで行われるJリーグ。9か月に及ぶ長い長い戦いが、今年もあとひと月ちょいで始まる。

うーん、ホント早いですよね。こないだヤマハで、最終節のジュビロ戦を戦ったばっかりのような気がするのに。で、今季の開幕もまたジュビロ。その後は昨季順位が下だった相手との対戦が続くから、開幕までにいい準備をして、首尾よく勝って、波に乗りたいところだ。

とはいえ、スタートダッシュはもちろん大事だけど、冒頭でも触れたようにリーグ戦はムチャクチャ長い。たとえて言えばマラソンみたいなもんだ。最初からあまり飛ばし過ぎると、終盤の順位争いが佳境になる局面で、体力が残ってないなんて事態も起こり得る。

昨年のレイソルは、序盤から中盤にかけて快調に飛ばしていたものの、30km過ぎたところでガス欠気味になって、ずるずると順位を落としてしまった。今季も同じ轍を踏むのは避けたい。ま、最後の最後までトップを走っていたのに、トラック勝負で鹿島選手にかわされちゃった浦和選手みたいな例もありますが…。

だからこの時期、どこのクラブもキャンプを張って、1年間もつ体力をつくろうとする。レイソルは今年、95年のブラジルキャンプ以来となる海外キャンプをグァムで行う。気候が暖かい場所で、まずは徹底的にフィジカルを、42.195km走りきれる体力をつけようという考えですな。暖かい場所で始動した方が身体も動くし、ケガもしにくくなるということなんでしょう。

グァム…。学生の頃に行ったことがある。私ことおにぎりの本名は、グァムじゃちょっとした有名人なんですよ(つっても今の若い人は知らんだろうが)。行きたいけど行けないや。鹿児島には何とか行きたいと思ってるんですけどね。もう6年連続で2月に鹿児島へ行ってるから、この時期に桜島を見ないと調子狂う気がする。

いつ行けるかは調整しないとわからないけど、練習試合が行われるタイミングで行ってみたい。今季はどんな布陣で行くのか、誰が入るのか。特に2列目は、ポポやアレックス、茂原が入って、チュンソンやミノル、太田、たっちゃんらとの過酷なレギュラー争いが勃発する。いち早く見てみたいという思いが募りますな。




さて、今日から始まってるグァムキャンプだけど、2種の比嘉くんらを除けば、帯同してないのはフランサと、オペが決まったキタジなのかな。

フランサは今年も攻撃の核を担うはずだから、早く再来日してチームに合流してほしい。鹿児島から合流の予定ということだが、すぐに動けるのか、リハビリが必要なのかによっても、開幕の布陣が変わってくる。目下のところ最大の関心事です。

そしてキタジ。

日記から、相当ショックを受けてる様子が伝わってきた。これで左膝の手術は四度目だってね…。

頑張りたくても頑張れないキタジに頑張れとは言えないし、今は何と声をかければいいのかわからない。でも、リーグ戦は長いから。今年もいつかきっと、キタジの力が必要になる時が来る。30km過ぎてチームが息切れしてきたときに、フレッシュなキタジが入ればもっと上を目指せるだろう。厳しい戦いの途中で、チームに勢いをつけるブースターになれると思う。

だから今はじっくり治そう。無理をして悪化させないように、焦らず時間をかけて。大丈夫、チームはキタジが必要だから契約したんだし、サポーターはみんなキタジを待っててくれる。

オペの成功を祈ってます。

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2008年1月25日 (金)

マス席初体験

国技館に、大相撲初場所を観に行ってきました!

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生涯初の相撲生観戦。やはりスポーツ観戦愛好家としては、日本の伝統的なスポーツ・大相撲を押さえとかなきゃならんだろうということで、日本特有の観戦形式であるところのマス席をゲット。お土産も注文してお大名気分である。

しかし、マス席があんなに狭いとは知らなんだ…。会社の上司らと4人で行ったのだが、大人4人だとキツイですよ。荷物を置く場所にも苦労するし、何より足がしびれちゃって。腰痛持ちの私にはかなりこたえた。

おまけに上の写真にも写ってる、前の席の子どもが大はしゃぎ。マス席で弟と相撲取り始めるんだから(しかも服脱いで裸になって…)。土俵が見えないんだ、これが。

さらに悲劇は続く。後ろの席は外国人の団体さんだったんだけど、そのうちの一人が「Oh!」とか叫んだ瞬間に何か私の背中に当たったと思ったら、飲みかけの缶ビール…。スーツがビールでびしょびしょ…。

「Sorry!」と叫ぶガイジン。正直、『英語でクリーニング代寄こせって何て言うんだろう…』とか考えちゃったが、その瞬間「Yokoso! Japan」の文字が頭に浮かんで、「ノープロブレム! プリーズエンジョイスモー!」と笑顔で答えちゃった。引きつってたと思うが。

というわけで、マス席での観戦もラクじゃないと知ったのでした。次に行く機会があったら、もう少しいい準備が出来ると思う。すなわち、「4人マス席に2~3人が妥当(1人あたりの料金は高くなるが)」、「荷物は最小限に」、「双眼鏡は必須」などが鉄則です。ご参考までに。




さて、肝心の取り組みのほうはと申しますと。

最近相撲見てなかったからアレなんだけど、こんなに立ち会いの変化やいなしが多いもんでしたっけ? もちろんルールの範疇だから勝てばいいんだけど、力と力の拮抗が相撲の醍醐味なんだから、きちんとぶつかり合って欲しいですなあ。

その点、やはり朝青龍はイイネ! 大関琴光喜との対戦だったけど、鳥肌が立つくらい見応えがあった。爆発するエネルギーが、土俵上から観客席まで届いてた。立ち会いまでの一つ一つの所作、左腕で口元をぬぐうようにしながら観客席を見渡すしぐさなんて、もうイチロー並みのスタイルを確立してますね。役者だなーって感じです。

一時期は人気が落ちていた大相撲だが、朝青龍という稀代のヒールを得たことによって盛り返した感がある。やっぱり、「好きの反対は無関心」なんですよね。嫌われ者の朝青龍だけど、彼の存在が今の大相撲界を大いに活性化していると思う。なんにせよ、注目を集めるのは悪いことじゃないです。

上でも書いたように、マス席観覧もいいことばかりじゃないけど、びんづけ油の匂いが漂う中で見る相撲は格別の雰囲気がありました。やはり生観戦はいいな。

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2008年1月22日 (火)

鉄ヲタ大阪紀行

日曜から月曜にかけて大阪に出張してきました。大阪は昨年の8月、夏の甲子園を見に行って以来。やっぱり関西は面白い。濃いっす。

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だって泊まったホテルの玄関からしてコレだもん。何というセンス。

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おなじみ道頓堀のグリコ看板。久しぶりに見たけど、こんなに大きかったっけ? 間近で見ると結構な迫力です。

日曜日の昼は「蓬莱」の豚まんにかぶりつき、夜は「かに道楽本店」でカニをむさぼり食った。もちろんタコ焼きも押さえて食いだおれ寸前。しかし道頓堀周辺は、飲食店密度で言ったら日本一じゃなかろうか。東京の盛り場も飲食店が多いけど、他業種の店もほどよく混ざってる気がするのに対し、道頓堀は見事に飲食店ばかり。ホント、食うことに命かけてまんな、大阪人は。




さて。

昨日の月曜日、午後2時ごろに取引先との打ち合わせを終えて、今回の出張の目的は無事終了した。同行した同僚たちは、新幹線で帰ると言う。

しかし。私は今回の出張で、あることをたくらんでいた。以前台湾関係のエントリを書いたときに、やまけんさんに教えてもらったコレ。

急行銀河廃止へ ブルトレ7本だけに

60年近い歴史を誇る名急行「銀河」が、この3月末に廃止されてしまうのだ。これは乗っとかねばなるまい。というわけで同僚らと別れ、一人銀河で帰ることにしたのでした。以前だったらひっそりと実行する隠密プランだが、もう鉄ヲタであることをカミングアウトしちゃったのでいいのだ。

銀河の大阪駅発車時刻は午後10時22分。8時間近く時間がある。で、またしても、あてもない放浪のショートトリップへ出かけた。梅田から阪急電鉄宝塚線に乗り、川西能勢口で降りる。能勢電鉄でよくわかんない途中駅まで行き、再び帰ってきて宝塚へ。宝塚から牛で有名な三田へ。三田から神戸電鉄で有馬温泉へ…。

有馬温泉には雪がたいそう積もっておりました。大阪にも雪予報が出ていたんだけど、雪にはならず雨のままだった。やはり有馬は神戸の奥座敷、気温も低いんでしょうね。

由緒正しい有馬の湯で存分にふやけ、再び電車に乗って神戸の三宮へ。ぐるっと六甲山を回ってきた感じですね。

そうそう、むかーし書いたエントリで、ヴィッセルと対戦する前に神戸牛を食べて効果があったと書いたステーキ屋ですが、今回店名を確認しておきました。ステーキランド神戸でした。↓この看板が目印。

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今年はアウェイ神戸戦に来られるかな…。去年来られなかったから、今年こそはと思ってるんですが。




さて、そんなこんなで時間も過ぎて、午後22時15分。ついに銀河が大阪駅10番線ホームに入線してきました。

今回はなんとA寝台下段(グリーン車みたいなもん)を奮発。人生で初めてのA寝台でした(もちろん自腹っすよ、念のため)。

その他の動画はようつべに上げておきましたので、夜汽車の雰囲気に浸りたい方はどうぞご覧ください。しかしやっぱり夜行列車はイイ! 特に深夜、列車の揺れで目覚めてカーテンを開け、暗い灯りを頼りに駅名標を目で追って現在地を知り、再び目を閉じる…なんてシーン。旅情の煮詰め汁って感じです。朝の冷たい空気の中で降り立った東京駅は、何ともさわやかでした。

今日行われた会議では眠くなって困りましたが。夜行列車はやはり熟睡できませんからね…。

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2008年1月20日 (日)

前に進もう

岡山 一成選手からサポーター皆様へのメッセージ

昨年8月のレイソル夏祭りでオカの移籍が発表され、柏を去ってから2週間。仙台を訪れた際に、彼と話したことを思い出す。

「オレだけ去年のままやったんや。チームのみんなは前へ進んでるのに、オレだけ2006年におった」とオカは呟いた。それは彼自身に言い聞かせるような口調だったけど、私はまるで自分のことを言い当てられたようでどきりとした。その夜はしんみり、「前に進まなあかんな」とうなずき合って別れたのだけれど。

その頃の私に関して言えば、昨年の4月から職場が変わり、肉体的負担は減ったし結構好き放題させてもらえる幸せな環境だったのだが、何とも言えない張り合いのなさを感じていた。会社から与えられているミッションはすごく重大かつやりがいのあるものだし、それに全力で取り組もうという意志もあるのに、それまでの仕事の充実感と比較してしまい、力の入らない日々を送っていた。そんな私に、オカの言葉は響いた。

成功体験って蜜のように甘美で、いつまでも浸っていたくなる。でもその場で立ち止まっていたら、人間的にも職業人としても、さらなる成長はない。

歳をとってもうだつの上がらないまま、酒が入ると「あのときはすごかったんだぞ…」と自らの体験に尾ひれを付けて語るような、そんなおっさんにはなりたくない。だから、過去の成功も失敗も、気持ちの上ではけりをつけて、前を向かなくては。

今回オカのメッセージを読んで、改めてそんな気持ちにさせられた。ちゃらんぽらんな部分もあるオカだけど、彼の素晴らしく素直な人間性と芯の強さが表れていると思う。自分の弱さをここまでさらけ出せるってのは、逆説的だけど強さの証ですよ。それに、「仙台に逃げた」と言ってるけど、それは逃げたのとは違う。あのまま現実に背を向けて、練習に身も入らない状態でJ1の禄を食んでいたとしたら紛れもなく「逃避」だけど、新たな環境に身を置いて、再び昇格を目指すために移籍したのだから、それは「挑戦」だよ。だから8月に会ったあの時点で、オカはもう前に進んでいたんだな。

ホントに、全く、オカにはかなわないな。改めて脱帽です。





さて、昨日行われたレイソル新体制発表会&サポーターズカンファレンス。会場の隅っこで見てました。開演10分前頃に行ったら、もう座れないほどの盛況ぶり。柏市はまちの規模から言っても、もう少し大きな箱を造るべきです。

笑ったり感心したりへえーとうなずいたり、すごく楽しい2時間だったのだが、最も印象に残ったのは竹本さんの言葉だ。

「ファイナリストになりたい。日本中のサッカー関係者が注目するような、天皇杯やナビスコの決勝や、そんな試合の当事者になりたい」 ※正確な記述ではありません。後日発表される予定の議事録をご確認ください。

そこまではふんふん、と聞いていた。しかしその後に続けられた言葉で、大げさに言えばショックを受けた。

「そして悔しい負け方をしたい。PK戦みたいな」

いやもうますますタケさんを尊敬しちゃいますよ。そこまで考えてるのかと。注目を集める試合で、一歩及ばず敗戦を喫する、その悔しさがチームをさらに成長させるということなんですね。レイソルは2000年の最終節で惜しくも優勝を逃すドローを喫し、キタジが「この試合に勝てなかったことがレイソルを強くする」なんてカッコいいセリフを残してるわけですが、翌年はちょっと驕りが出てしまって思い通りにはいかなかった。でも、今のチームの延長線上にある「悔しい敗戦」なら、竹本さんの意図通りチームを成長させる糧となるでしょう。そう断言できるほど、今のレイソルは着実に一歩ずつ前へ進んでいる。

石さんも竹本さんも河西社長も寺坂さんも、皆さん地に足をつけてクラブを前進させようとしていらっしゃる。それが昨日、いちばんうれしかったことでした。わたくしごときが申し上げることじゃありませんが。

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2008年1月17日 (木)

いまだ開かぬ大輪の花

誰もが待ち望んでいた。今に、見たこともないような大輪の花を咲かせると。太陽の光を浴びてすくすく育ち、人々の目を楽しませていたが、周囲は納得しなかった。「こんなもんじゃない、もっと大きな花が咲くはずだ」。

5年経っても花は咲かない。そしてついに花のほうから言ってきた。「あのー、お隣の畑に植え替えてもらえたら……咲けるかもしれません」。





というわけで、われらのヤザーが移籍してしまいました。

タクちゃんも言ってるように、サッカー選手は試合に出てナンボ。試合に出続けて、安定したパフォーマンスを発揮して、さらに上のレベルを目指す。短い選手生命なんだから、自分自身の人生なのだから、チャンスを求めて移籍することを私は全く否定しない。同期の貴章くんだって、今や押しも押されぬ新潟のエース。「オレだって…」と闘志を燃やすのが自然だ。彼自身が苦悩の末に導き出したであろう決断を尊重したい。

ただねえ。彼の場合、あの得がたいキャラクターがレイソルにぴったりというか不可欠というか…。私自身、2003年からレイソルを見始めたもので、ヤザーのいないレイソルってのがイマイチピンとこないんですよね。

冷静に考えれば、この5年間、彼のポテンシャルに見合った活躍ができていたとは思えないし、刺激を得るために環境を変えてみるのも一考だろうと納得できる。つらつらと思い出してみるに、ヤザーはジェフ戦でヤケに活躍してたからなあ。昨年5月のフクアリでの一人時間差シュートや、フクアリの運営シミュレーションで見せたミドル、サテなんかでもいいプレーを見せていた。ジェフの強化担当昼田さんには、すごくいいイメージがあったんだろうな。でも、コンスタントにいいプレーをしないと、一流の選手とは呼ばれない。私自身大好きな、すごく期待してる選手だから、今年はぜひ一皮も二皮も剥けた姿を見せてほしい。

こうなった以上、絶対にジェフでレギュラーを掴むように。んで、も1回ブルーのユニフォームを着てくれ。フルベさんや石さん(こないだの結婚式ですごく期待を込めたスピーチをなさったらしい)の期待に応えてほしい。こんなにレイソルサポーターを悲しませといて、ジェフでも万年エース候補だったらただじゃおかん。

願わくばレイソルの選手として大成してほしかったけれども、レイソルで伸び悩む姿よりも、ジェフで大輪の花を咲かせる姿が見たい。今まで楽しませてくれてありがとう。これからも応援してるよ。

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2008年1月16日 (水)

雪景色を見に

じつは本日、代休をいただいているのです。

いっこ前の竹本さんに関するエントリは、近所のファミレスでエルゴラを読みながら感じたことをつらつらと書いたもので。ブログを書き終えてコーヒーも飲み終えて、さてヒマな平日、どこへ行こうかしら、とクルマに乗りこんだ。何日か前に環境問題を憂うようなことを書いておいてアレですが、わたくし、こんなとき目的もなくクルマを走らせるのが大好きなんですね。貴重な化石燃料を無駄にしちゃって後ろめたいのですが。

で、あてもなく首都高に乗り込んだ。ふらふらと外環から関越へ入りまして。急に雪が見たくなったんですね。

太平洋側の温暖な地方に生まれ育った私は、雪景色への憧れがすごく強い。この季節になるとつい、日本海側へ雪を見に行ってしまう。今日もそんな感じで、クルマを北へ走らせたわけです。クルマで行くのみならず、雪のローカル線(只見線とか)も大好きなんですけどね。

藤岡ジャンクションでは、長野方面へ行こうか新潟方面へ行こうか迷った挙句に関越道へ。しかしスタッドレスタイヤも履いてないしチェーンも持ってなかったので、関越トンネルを抜けるのは自重し、月夜野インターで降りた。しかしこの辺では雪がほとんど見られない。考えた末、上毛高原駅にクルマを停めて、新幹線で越後湯沢まで来たのです。

国境のすさまじく長いトンネルを抜けると、待望の雪国でした。つうか上毛高原と越後湯沢の間って、トンネルしかないですね。

しかし越後湯沢駅周辺は、建物が建ち並んでいてどうも趣がない。なんかこう、一面の雪原!って感じの景色を見たかったのだ。で、在来線に乗り換えて、越後湯沢から2つ群馬寄りの越後中里という駅までやって来ました。

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越後中里駅はスキー場に面している。しかしほとんどスキーヤーの姿がない。平日ってのもあるが、昔のスキーブームの頃はどこのスキー場に行ってもそこそこ人がいたもんだ。こんなに空いてるんだったらレンタルスキーでも借りて一滑りしたいところだが、服装が都内仕様のまんまだったので断念。

スキー場周辺は、お望みどおりの雪景色で大満足。しかしホント、関越国境を越えると気候が激変しますよね。たまに来るからのん気に雪景色を愛でていられるが、こっちへ住めと言われるとちょっと考えちゃいますね。この季節はいつもどんより曇ってそうだし。大雪が降ると大変そうだし。

駅周辺をぷらぷらと歩いて、もう一度駅に戻る。ゴーストタウンのように人が少ない。

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駅前には、昔ながらのスキー宿が並んでいる。駅舎は立派だが、今は無人駅になっていた。昔、そう、30年ほど前までは、東京からの急行列車(特急ではなく)が到着する度に、スキーヤーでにぎわっていたんだろうな。そんな時代を懐かしむかのように静まり返る駅前広場。雪がはらはらと舞い落ちていました。

齢とったせいか、ついノスタルジーな気分に浸ってしまう。本格的なおっさんですな。

今は上越線の車中の人となり、ループ線をぐるぐるしながら水上へ向かっています。これからタクシーで上毛高原まで戻って、クルマで東京まで帰らなくちゃ。こういう無計画ドライブ、行きはいいけど、帰りが疲れるんですよねぇ。

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今年も期待してます

ジェフがえらいことになってますな。

水野に水本に山岸に羽生…。佐藤勇人にも移籍情報があるし、主力がごっそり抜けてしまいそうだ。ジェフサポーターの皆さんの心中お察しいたします。

05→06年シーズンのレイソルも主力が抜けたけど、あの時はJ2降格という現実があった。サッカー選手に限らずアスリートであれば、限りある現役生活の中で少しでも上のレベルで勝負したいという欲求が湧きあがるのは自然なことで、だからあの時は悲しいし辛かったけど、まだ納得できた。しかしジェフは……。現場なのかフロントなのかわかりませんが、何らかの問題を抱えているのでしょうね。

それでも08年のジェフ、何のかんの言っても立て直してくると思う。もともと個の力に頼りきったサッカーをしていないってのもあるけど、なんか「ジェフは降格しない」という人智を超えた力が働いてそうな気がする。前身から含めて「唯一の2部未経験クラブ」という歴史のなせる業でしょうか。




ところで今日発売のエルゴラ、ご覧になりました? 竹本さんのインタビュー。ジェフを引き合いに出すのは申し訳ないけど、こうして強化のトップが明確なビジョンを語ってくれると、サポーターとしては安心できますねえ。ビジョンといっても夢物語を語るのではなく、地に足の着いた考え方でレイソルの将来像を示してくださっている。『「レイソルの選手は動くね。ハードワークするね」とか「勝負強いね」、「あの選手を見ていたら楽しいね」という要素を入れていきたい』とおっしゃっている。ただ単に上を目指すチーム、強いチームをつくるのではなく、見ていてワクワクするようなサッカー、それも日立台という舞台で最高に見栄えのするチームをつくるという意思表示。いいなあ。

竹本さんにGMを任せて成功だった、というのは結果論で、降格後にGMを引き受けられたときにはご本人も相当不安だったはずだ。ヴェルディで強化部に籍を置かれたことはあったけどそれも1年だけで、それ以外はずっと現場で指導されてきた方だから。05年のチームが壊れてしまった責任も、指導者の一人として感じておられただろう。そんな状況下でのGM就任。引き留めても選手は出ていく。1年でのJ1復帰を期待される重圧。あの時竹本さんにかかった心労のほどは、想像に難くない。

そうした逆境の中で仕事を成し遂げた(まだ道半ばですけど)竹本さんを、私は無条件に尊敬しております。

もちろん、レイソルが再生したのは、竹本さん一人のお力ではない。新クラブコンセプトを策定したり、経営の健全化を図ったりといったクラブ運営の舵取りを担っておられた寺坂さんの存在や、お二人をクラブに招へいした小野寺前社長、そしてチームの現場も強化も運営も営業も企画も広報も総務も経理も…。クラブのスタッフ全員が一丸となって努力した結果だ。石さんや選手たちの頑張りは言わずもがなですけど。

何が言いたいのか自分でもよくわからなくなってますけど、要するにアレです。新シーズンのレイソルにも期待してます、ってことです。

で、最後に豆知識。竹本さんのお父様は、中日ドラゴンズの選手だったんですよ~。そんなとこにも親しみを感じてしまうのです。

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2008年1月14日 (月)

Fリーグデビュー

5年ぶりに降り立った原宿駅は魔境でした。セーラー服のコスプレのおっさんやら、自作の人生訓かなんかをしたためた書を売る若者やら、悪魔チックなゴスロリ姉ちゃんやら、ロケンロールでツイストを踊る昭和な集団やら…。「普通ではない人々」で溢れており、ガイジン観光客の皆さんに大受け。「コレガJapanese pop cultureナンデスネ」って感じで、笑いながら見てた。日本人の私にもかなり面白いんだから、いわんや外国人においてをや。

というわけで三連休の中日(ドラゴンズじゃないよ)。球蹴りが恋しくなり、なんかサッカー系イベントを観に行こうと思ったのでした。一瞬、ザスパ対群馬県出身Jリーガーの試合でも見ようかと思ったけど、敷島まで行く手間と赤城おろしの冷たい雨を想像して0.2秒で翻意。代々木第一体育館に、フットサルのFリーグを観に行ってきました。

Fリーグは、昨年9月の開幕前にバルドラール浦安のプレマッチを1度見たきり。開幕してからは体育館から足が遠のいていたので、いつか見たいと思っていたのだ。

初年度は8チームで始まったFリーグ、Jリーグの運営方式との大きな違いは、3回戦総当たりで、ホーム&アウェイのほかに「セントラル開催」があること。ホームでもアウェイでもない、中立地での集中開催ですな。今回は12日と13日の2日間、代々木で計4カードが行われた。

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結論から申し上げますと、すごく楽しめました。

第1試合のステラミーゴいわて花巻対バサジィ大分は、最下位の花巻が先制ゴールを挙げたものの、守備が決定的に弱くてたちまち同点、逆転されて敗戦。続く第2試合は、2位の浦安に勝利し独走態勢に入りつつある名古屋オーシャンズとペスカドーラ町田が対戦し、名古屋が圧倒的な力を見せて7対4で勝利しました。

第1試合と第2試合を見比べると、攻守においてレベルの差が歴然としてましたね。名古屋は外国人の2人、マルキーニョスとボラの攻撃力、テクニックが抜きんでてましたけど、それ以上に守備が堅い。首位を走っているのもうなずける強さでした。対して第1試合は、第2試合を見る前だったから楽しめたものの、順序が逆だったらどんな感想になっていたか。

しかし、現時点において名古屋に唯一の土をつけたのが花巻であるという謎。いったいどんな試合だったのでしょうか。




フットサルはサッカーのオルタナティブとして発生、普及してきたものだから、サッカーとの違いを明確化しないと観戦スポーツとして成り立たない。プレーの面では、テクニックを前面に出すことで差別化を図ろうという意思を感じましたね、特に外国人選手には。フランサみたいに、足首を使ってボールをポンと浮かすようなプレー、コートが狭いフットサルでは特に有効で、名古屋のボラが一度そんなテクニックで相手を抜いたときには、会場全体から(町田サポからも)「おぉ~」とため息が漏れてました。

演出面では、カラフルなスポーツコートは必須ですね。体育館のフローリングそのまんまだと非日常感に欠ける。また、DJがマイクで盛り上げるわけですが、人によってはうざいと感じるかも。個人的にはアリなんじゃないかと思いますけど。あとは、せっかく室内でやってるんだから、照明を使った演出なんかをもっとやってもいいんじゃないかと思います。

課題も多々あるかと思いますが、サッカーとフットサルのさらなる普及のため、地方の娯楽創出と興隆のため、発展していってほしいと思います、Fリーグ。

会場ではえのきどさんやレイソルサポーターの方にもお会いしました。皆さん、サッカー中毒ですね(含フットサル)。



それにしても、ペスカドーラは何度聞いてもその度にスパゲティを連想する。腹が減って困ります。

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2008年1月10日 (木)

スポーツって、スポーツクラブって

WELCOME NEW SEASON 2008 すべて水に流してね 2007

いやはや何とも。

ユーモアの効いた企画といえばふろん太の独壇場。しかしこれはそのノリを真似してみたものの、完全に方向性を誤って、シャレにならない結果を生んじゃった、って感じですな。

横浜FCのフロントは、自信を失って挫けそうになりつつも、必死に気持ちを奮い立たせてピッチに向かった選手の気持ち、記録的な連敗を喫しながらも声援を送り続けてくれたサポーターの気持ちが、わかってないのかな。スポーツクラブと言えども営利目的の企業なわけだから商売っ気が多いのは結構だが、やっていいことと悪いことがある。力及ばず最下位で降格を喫した2007年。横浜FCにとっては激動の1年だったが、クラブ史に燦然と輝くJ1初挑戦のはずだ。それを「水に流そう」、しかもトイレットペーパーに託してなんて、あり得ないでしょう。

横浜FCのフロントに問うてみたい。「あなた方は何のためにJリーグクラブを運営しているのですか」と。




私は昨年から今年にかけて、Jリーグをはじめとするサッカー、野球、ラグビーにアメフトにアイスホッケーに果てはボブスレーまで、いろんなスポーツイベントを見てきた。その度に心底感じたのだ。「ああ、スポーツっていいなあ」と。

スポーツはわれわれに比類ない興奮と感動を与えてくれる。スポーツって素晴らしい。なんで? 私は自問自答した。そこで導き出した答えは、「選手が目標や自らの限界に挑み、乗り越えようとするから」というものです、今のところ。

目前に構える対戦相手や記録に、スポーツ選手は挑む。乗り越えようとする。成し遂げられることもあるし、挫折することもある。しかしひとたび終了の笛が鳴れば、競い合った者同士、互いに検討を讃え合う。その清々しい姿勢が、観る者の心に大きな感情のうねりを呼び起こす。細かいことを挙げればもっともっとあるんじゃないかと思うが、大筋そんなところじゃないでしょうか。

加えてJリーグのクラブや地域密着を旨とするスポーツクラブには、地域のプレゼンスを向上させ、地域に活力を生み出す力がある。応援する者=顧客にこの上ない刺激を与え、人生をより魅力に満ちたものにするポテンシャルがあるのだ。そんな会社、ほかにはあまり見当たらない。

スポーツクラブ・チームの運営をなりわいとする企業や団体は日本にも数多くある。先にも触れたが、その大半は営利目的の企業であるわけだから、利益を追求する姿勢を糾弾するつもりは毛頭ない。しかし、スポーツ関連企業・団体は、スポーツの素晴らしさや意義、自らの影響力や社会的使命を十分に理解した上で運営にあたってもらいたい。上から目線で恐縮だが、スポーツを愛する者の切なる願いということでご勘弁ください。

折しも琉球FCの経営者が代わり、福島には新たにバリエンテ郡山なるクラブが設立されるそうだ。それぞれトルシエ、ジョージ・ウェア(!)を総監督に迎え、Jリーグ入りを目指すという。知名度のあるスタッフを据えて注目を集めるのは結構だが、「何のためにスポーツクラブを運営するのか」、その答えが単なる金もうけのためだけでないことを祈りたい。

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2008年1月 8日 (火)

ユッキーが仙台へ

もう皆様先刻ご承知かと思いますが、ユッキーの次の所属チームが仙台に決まりましたね。

なんだかなあ、もう。今年は仙台に通っちゃいそうだなあ。それでなくても、去年も仙台を3回も訪れ、「おにぎりは仙台に愛人をつくった説」が東北ハンドレッド内の一部で流れた(らしい)というのに。

ユッキーにオカにタノにGKコーチのオサムちゃん。監督は山形時代に石さんの下で指導者キャリアをスタートさせ、大分にも呼び寄せた手倉森さんだし、仙台とレイソルは何かと縁が深くなってきましたね。来季というか今季というか、今年こそは昇格してほしいチームだし、本気で応援しちゃいそうだ。

仙台サポの皆さんがこのブログを見てくださるかはわかりませんが、ぜひレイソル在籍経験のある彼らをよろしくお願い申し上げます。みんなホント、性格も良くて能力もある選手です。オカとタノについては言わずもがなでしょうけど。ユッキーはプレーもさることながら、言葉や態度で他の選手やサポーターを引っ張っていくことのできる、リーダーシップと強いハート、経験を有する選手です。長く厳しいシーズン、きっと彼の力が最大限に生かされる局面があると思います。

ダテが移籍する栃木SCも、ものすごい勢いで補強してますね。J2昇格へ向けた本気を感じます。今年も、レイソル在籍選手の移籍先へせっせと出かけることになりそうです。

ウノとピント、ヤマシの去就が早く決まることを願っています。ヤマシの華麗なプレーをもっともっと見たいんだが。





話は全く変わりますが、前回のエントリで触れたボブスレーの全日本選手権、今回の観戦に同行した同僚が携帯で撮影した動画をYOUTUBEにアップしてますので、ご覧ください。私の一瞬動画なんか比較にならないほど、ちゃんと編集して楽しめる内容になってますから。

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2008年1月 7日 (月)

ボブスレーおもすれー

長野に来ているのです。こっちは寒いね。

新年早々何をしに来たのかといえば、誰もが名前は知ってるだろうけど実際には観たことある人少ないと思われる冬のマイナースポーツ、ボブスレーの全日本選手権を観に来たんです。

会場は長野オリンピックでボブスレー、リュージュの会場となったスパイラル。長野駅からバスで30分、ループ橋などもある山道を登った先、飯綱山を間近に望む山の中腹にあります。今日(と言っても日付のうえでは昨日だが)は天気も素晴らしく、地元の方いわく「こんな天気はシーズンのうち2、3日しかない」というくらいで、青空をバックに白い雪山が輝く最高の眺めだったのでした。われわれ世代の人はみんなそうだと思うが、学生時代はスキーに熱中しておりまして、その当時の感覚を思い出しました。

われわれが会場に到着したときは、ちょうどスケルトンの選手が滑走していた。スケルトンってのは、一人乗りのソリに頭を前方にして腹ばいになって滑る競技です(対してリュージュは、ソリの上に仰向けに、足を下にして滑走する)。目の前のコースを滑走していくスケルトン、それはもうちょっと笑っちゃうくらいのスピード。感覚的には、クルマやバイクに乗ってない生身の人間が、こんなスピード(100km/h以上出る)で移動していくってのはあり得ない。その生理的違和感が、観る者に笑いを起こさせるんだろうなと自己分析しました。「なんじゃこりゃ~!!」って。

午前中は2人乗りボブスレーの男子、ジュニア、女子の各クラスが行われてました(ボブスレーには2人乗りと4人乗りがあるのです)。ほとんど生身の人間が滑ってる感覚のスケルトンやリュージュに比べれば、人間が乗り込むだけの大きさがあるソリが滑走するので、生理的違和感は少ない。でも大きい分滑走する際の音や迫力はすごくて、「氷上のF1」と呼ばれるのもうなずける。想像以上におもしろい。

午後は4人乗りの部が行われた。こっちは男女の区別なし、ってか女性も含まれていたのだが、カテゴリー分けするほど選手がいないのでしょう。何しろ各クラス5、6組しかエントリーがない。午前の2人乗りと午後の4人乗りの両方に出ている選手も多かったから(確認してないけど、もしかしたらほとんど全員がそうだったのでは?)、競技人口自体がすごく少ないんでしょう。だいたい一組が55秒ほどで滑り終わるから、競技もすぐ終わっちゃいます。今日は待ってる時間のほうが圧倒的に長かった。

ではわたくしめが携帯で撮影した動画をご覧ください。一瞬ですけど。

いかがですか。あんまりスピードが速いから、ソリを追うのに苦労しました。何度もチャレンジして何とか成功。

ソリが氷を掻く「ガガガガーッ」って音に、「ヒーン」「ばびゅーん」と空気を切り裂く音も混じってる。間近で見るとすごい迫力ですよ。

観戦ポイントは、皆で声を掛け合い力を合わせてソリを押していくスタート時と、この動画のようにスピーディにコーナーを駆けていく中間地点、そしてブレーキで雪煙が舞い上がるフィニッシュ時(ブレーキはフィニッシュラインを越えないと使用できない)なんかが挙げられる。この競技、最前列に座るパイロットの微妙な舵取り、ライン取りがタイムを左右するらしいのだが、傍から見てるとわからない。コースも全体が見渡せるわけではない。F1みたいにオンボードカメラとかあって、その映像が大型ビジョンなんかで見れるといいのに、と思いました。

それにしても、選手の友人や家族など関係者を除いた純粋な観客は、われわれを含めても10人いなかったのではないか。一応日本におけるボブスレー最高峰の大会なんだろうが、あまりに少ない。「観客用に売店くらい出てるだろう」と目論んでたけど、完全にあてが外れた。生で観戦するとホント面白いから、もっと注目を集めてほしい。雪山の非日常性も加わって、すごく気分転換になるから、1年に1回くらい観るのもおススメですよ。スキー、スノボや善光寺参りのついでなんかにぜひ。上手く日程が合えばの話ですが。

こういった大会の非開催時には、有料でいいから体験同乗なんてのをさせていただけると大変おもしろいと思う。競技のPRにはもってこいなんじゃないかと思いますね。ボブスレー・リュージュ協会の皆さんには、ぜひご検討いただきたいです。

余談だが、スパイラルの管理棟にリュージュのソリなんかが展示されてる一角があり、そこに貼ってあった張り紙が面白かった。「リュージュの選手募集」って告知なんだが、「すぐに日本代表になれます!」「海外遠征や海外合宿に行ける!」なんて煽り文句が踊ってた。すぐ日本代表になれるって…どんだけ競技人口少ないんだよ、と。

ひとつ、やってみます?

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2008年1月 5日 (土)

年の初めに考える地球環境問題

正月三が日は、実家のある愛知県に帰省してました。

マニュアル車を駆ることもあって渋滞が極度に嫌いな私は、元旦、おとそのアルコールが抜けるやクルマを西へ走らせた。元旦の、道路が空いてるうちに静岡辺りまで行っちゃって、東名高速大和トンネル辺りの渋滞を避けようというプランである。幸い、静岡駅前のホテルが空いてたので、そこで一泊しました。ここんちは、日本平でエスパルス戦があるとき、Jリーグ各チームの宿舎となるホテルでもあります。やや高級なホテルだが、正月から硬いベッドで寝るのもヤなので奮発したのでした。

明けて2日、ホテルからは富士山がキレイに見えていた。雲ひとつない青空に、富士山がそびえ立っている。それはもう素晴らしいというかありがたいというか、純日本人のDNAを持つ私には、思わず拝んでしまいたくなるほど神々しい姿でした。

しかし。私にとって富士山は、ありがたいと思う存在だけではない。パブロフのイヌ状態で、富士山を見ると条件反射的に環境問題を考えちゃうのである。

理由はいくつかある。

その一。15年くらい前、地球上に残された石油は富士山の体積にも満たないという記事を読んだ。最近気になってまた調べてみたら、今や埋蔵されている石油は富士山の体積の8分の1程度にまで減っているそうだ。大丈夫なの? 石油がなくてやってけるの?私たち。クルマや飛行機は動かないし、巷に氾濫してる樹脂製品やナイロンの服も作れなくなっちゃうの? とやたら心配になるのである。

その二。私が子供のころ、物の本には富士山は死火山であると書かれていた。しかしそれは誤りで、休火山とするのが最近の見方である由。それはそうだろう。富士山は、もう何十万年も前から噴火と休止を繰り返し、今の姿になったのだ。以前はもっと小さな火山だったが、何十回にも及ぶ噴火を繰り返して現在の成層火山を形作った。御殿場や富士市の辺りは、富士山から流れでた溶岩の上に成り立ってるわけだ。つうことは、今後富士山が噴火したら周辺の街は溶岩や火砕流の被害に遭う確率が非常に高いわけで。今後何十年、何百年と続いていくであろう我が国の歩みの上で、富士山の噴火による大被害という出来事も当然起こるのだろうなあ、と考えてしまうのだ。

その三。富士山の雪、昔に比べて減ってません? 以前は麓まで真っ白に雪化粧していたと思うのだが、最近は頂上辺りの高さでも、山肌が見えていることが多い。これも温暖化の影響かしら、と不安感を覚える。

というわけで、ああ富士山めでたやありがたや、と単純に喜べない私がいるのである。




これほどまでに環境問題が地球規模で噴出するとは、わずか10数年前の時点では思いもよらなかった。以前にも環境問題はあったけど、局地的な公害や環境汚染、森林破壊、砂漠化といった問題が主で、地球全体が温まって雪や氷がなくなるなんて、想像だにしなかったですよね。

学生のころ、英語の授業でカール・セーガンの『コスモス』を読まされた。カール・セーガンは大胆な比喩で知られるアメリカの天文学者・作家で、『コスモス』には「地球誕生から現在までを1年間のカレンダーに当てはめたら」といった話が展開されていた。

地球は、46億年前に誕生したと言われてますね。46億年。この途方もない時間を、1年365日のカレンダーに置き換えてみる。その中で、われわれ人類はいつごろ誕生したのか。

現生人類の誕生は、20万年前と言われております。これを1年のスパンで考えてみると、なんと12月31日の午後11時40分頃。大晦日の紅白歌合戦で、大トリの五木ひろしが熱唱してる時刻である。なんとまあ、最近のことでありましょうか。

そんな人類が、農業を始めたのが1万年前だ。それ以来人類は、自然に身を任すのでなく自然をうまく利用する術を覚えた。1万年前。例の1年カレンダーに置き換えると、12月31日午後11時59分の出来事だ。ゆく年くる年で雪国のお寺の除夜の鐘が中継されるタイミングである。

そして人類は産業革命によって、飛躍的に文明を発展させた。しかし同時に、地球環境の破壊も本格化した。それが200年ほど前。例のカレンダーに置き換えると…。わずか数秒前、サザンオールスターズのカウントダウンも佳境である。

そう考えると、すっごいと思いませんか? たったの数秒で、地球を危機的状況に追い込んでしまったのだ、人類は。地球を一つの生命体とみなすと、人類はガン細胞であるという考え方があるが、すごく説得力がありますね。人類は地球から生まれたにもかかわらず、地球を死に追いやるガン細胞にも等しい存在なのだ。

となると、人類が採るべき道は。地球を延命させるなら、アポトーシス。細胞死、つまり自ら死を選ぶというのが、最も効果的なのでしょう。地球の立場からすればね。しかし人類サイドにしてみたらそんなのヤだから、何とかサステーナブル、持続可能な方策を考えましょう、というのが昨今の世界の状況だ。

だからと言って、私は地球環境の役に立つようなことはまったくしていない。どころか、さらに環境を破壊させる方向で生きている気がする。大量のCO2を生み出しながら、クルマを走らせたり旅行したり電気を使ったりしている。いいのかしら。



よくはないだろうけど、心の片隅に留めおくだけでも多少の違いはあるかもしれない。今年は、ささやかながらも地球をなるべく痛めつけない生き方つうのを模索してみましょうかね。

あ、ご参考までに申し上げますと、温暖化とCO2には関連性がないとする説もあります。しかし人類の営みが地球環境を悪化させてるのは間違いないわけで。何らかの変革は必要なのでしょうね。

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2008年1月 1日 (火)

Happy New Year

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あどうも。勝って追い出されたおにぎりです。

皆さま、明けましておめでとうございます。今年もネタと根気が続く限り、ブログを続けていきたいと思っております。

本年もオニギライズをよろしくお願い申し上げます。

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