« Happy New Year | トップページ | ボブスレーおもすれー »

2008年1月 5日 (土)

年の初めに考える地球環境問題

正月三が日は、実家のある愛知県に帰省してました。

マニュアル車を駆ることもあって渋滞が極度に嫌いな私は、元旦、おとそのアルコールが抜けるやクルマを西へ走らせた。元旦の、道路が空いてるうちに静岡辺りまで行っちゃって、東名高速大和トンネル辺りの渋滞を避けようというプランである。幸い、静岡駅前のホテルが空いてたので、そこで一泊しました。ここんちは、日本平でエスパルス戦があるとき、Jリーグ各チームの宿舎となるホテルでもあります。やや高級なホテルだが、正月から硬いベッドで寝るのもヤなので奮発したのでした。

明けて2日、ホテルからは富士山がキレイに見えていた。雲ひとつない青空に、富士山がそびえ立っている。それはもう素晴らしいというかありがたいというか、純日本人のDNAを持つ私には、思わず拝んでしまいたくなるほど神々しい姿でした。

しかし。私にとって富士山は、ありがたいと思う存在だけではない。パブロフのイヌ状態で、富士山を見ると条件反射的に環境問題を考えちゃうのである。

理由はいくつかある。

その一。15年くらい前、地球上に残された石油は富士山の体積にも満たないという記事を読んだ。最近気になってまた調べてみたら、今や埋蔵されている石油は富士山の体積の8分の1程度にまで減っているそうだ。大丈夫なの? 石油がなくてやってけるの?私たち。クルマや飛行機は動かないし、巷に氾濫してる樹脂製品やナイロンの服も作れなくなっちゃうの? とやたら心配になるのである。

その二。私が子供のころ、物の本には富士山は死火山であると書かれていた。しかしそれは誤りで、休火山とするのが最近の見方である由。それはそうだろう。富士山は、もう何十万年も前から噴火と休止を繰り返し、今の姿になったのだ。以前はもっと小さな火山だったが、何十回にも及ぶ噴火を繰り返して現在の成層火山を形作った。御殿場や富士市の辺りは、富士山から流れでた溶岩の上に成り立ってるわけだ。つうことは、今後富士山が噴火したら周辺の街は溶岩や火砕流の被害に遭う確率が非常に高いわけで。今後何十年、何百年と続いていくであろう我が国の歩みの上で、富士山の噴火による大被害という出来事も当然起こるのだろうなあ、と考えてしまうのだ。

その三。富士山の雪、昔に比べて減ってません? 以前は麓まで真っ白に雪化粧していたと思うのだが、最近は頂上辺りの高さでも、山肌が見えていることが多い。これも温暖化の影響かしら、と不安感を覚える。

というわけで、ああ富士山めでたやありがたや、と単純に喜べない私がいるのである。




これほどまでに環境問題が地球規模で噴出するとは、わずか10数年前の時点では思いもよらなかった。以前にも環境問題はあったけど、局地的な公害や環境汚染、森林破壊、砂漠化といった問題が主で、地球全体が温まって雪や氷がなくなるなんて、想像だにしなかったですよね。

学生のころ、英語の授業でカール・セーガンの『コスモス』を読まされた。カール・セーガンは大胆な比喩で知られるアメリカの天文学者・作家で、『コスモス』には「地球誕生から現在までを1年間のカレンダーに当てはめたら」といった話が展開されていた。

地球は、46億年前に誕生したと言われてますね。46億年。この途方もない時間を、1年365日のカレンダーに置き換えてみる。その中で、われわれ人類はいつごろ誕生したのか。

現生人類の誕生は、20万年前と言われております。これを1年のスパンで考えてみると、なんと12月31日の午後11時40分頃。大晦日の紅白歌合戦で、大トリの五木ひろしが熱唱してる時刻である。なんとまあ、最近のことでありましょうか。

そんな人類が、農業を始めたのが1万年前だ。それ以来人類は、自然に身を任すのでなく自然をうまく利用する術を覚えた。1万年前。例の1年カレンダーに置き換えると、12月31日午後11時59分の出来事だ。ゆく年くる年で雪国のお寺の除夜の鐘が中継されるタイミングである。

そして人類は産業革命によって、飛躍的に文明を発展させた。しかし同時に、地球環境の破壊も本格化した。それが200年ほど前。例のカレンダーに置き換えると…。わずか数秒前、サザンオールスターズのカウントダウンも佳境である。

そう考えると、すっごいと思いませんか? たったの数秒で、地球を危機的状況に追い込んでしまったのだ、人類は。地球を一つの生命体とみなすと、人類はガン細胞であるという考え方があるが、すごく説得力がありますね。人類は地球から生まれたにもかかわらず、地球を死に追いやるガン細胞にも等しい存在なのだ。

となると、人類が採るべき道は。地球を延命させるなら、アポトーシス。細胞死、つまり自ら死を選ぶというのが、最も効果的なのでしょう。地球の立場からすればね。しかし人類サイドにしてみたらそんなのヤだから、何とかサステーナブル、持続可能な方策を考えましょう、というのが昨今の世界の状況だ。

だからと言って、私は地球環境の役に立つようなことはまったくしていない。どころか、さらに環境を破壊させる方向で生きている気がする。大量のCO2を生み出しながら、クルマを走らせたり旅行したり電気を使ったりしている。いいのかしら。



よくはないだろうけど、心の片隅に留めおくだけでも多少の違いはあるかもしれない。今年は、ささやかながらも地球をなるべく痛めつけない生き方つうのを模索してみましょうかね。

あ、ご参考までに申し上げますと、温暖化とCO2には関連性がないとする説もあります。しかし人類の営みが地球環境を悪化させてるのは間違いないわけで。何らかの変革は必要なのでしょうね。

|

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/397133/9719429

この記事へのトラックバック一覧です: 年の初めに考える地球環境問題:

コメント

明けましておめでとうございます。
1/4テレビ朝日の~地球危機2008~を4時間見入りました。”のだめ”も見ずに!(録画しましたが)。
アラル海の消滅、ヒマラヤや北極海の氷がどんどん溶けていること、……
でも何より日本人として本当に恥ずかしく思ったのが、フードマイレージの件でした。500円のコンビ二弁当の材料が世界を6周して集められ、賞味期限が近づくと廃棄されてしまうこと。こうして廃棄される食料は、国際援助でまかなわれる量と同等であること。年末に日本が化石賞を取った理由が、とてもよくわかりました。
社会が不安定になれば、サッカー観戦なんて真っ先に切られてしまうだろうと思います。ずっとレイソルを応援するために(文化を絶やさないために)、無駄をなくしていきましょう。個人ができることを拡げていきましょう。

投稿 H3 | 2008年1月 7日 (月) 19時15分

H3様
テレ朝の番組は見ておりませんが、こう連日環境について報道されたり、また実感として昔より冬が暖かく夏が暑くなっているのを目の当たりにすると、さすがにヤバいかなって気になりますね。

私は決して積極的な対策を採ってるわけではなく、本文にも書いたようにどちらかといえば無策な人間ですけど、意識するだけでも多少違うかな、と思っております。

投稿 おにぎり | 2008年1月 8日 (火) 22時17分

コメントを書く